世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2810
世界経済評論IMPACT No.2810

欧州理事会常任議長はEUの「大統領」か:EU統治の考察

児玉昌己

(久留米大学 名誉教授・日本EU学会 名誉会員)

2023.01.09

 2022年11月24日のロイターは「EU大統領,来月1日訪中へ 習氏と会談・・・」と,シャルル・ミシェル欧州理事会常任議長の訪中をEU大統領として伝えた。日本のメディアではここ10年余り欧州理事会常設議長を「EU大統領」という表記で報じている。

 実はEUには7つの主要機関にそれぞれプレジデントがいる。欧州理事会のプレジデント。欧州委員会の長もプレジデント。そして欧州議会でもそうだ。このほか,一般の閣僚理事会,欧州中央銀行,欧州司法裁判所,会計検査院のトップもプレジデントである。「鎌倉殿の13人」に倣えば,「EU殿の7人」だ。それぞれ欧州議会は議長,中銀は総裁,司法裁判所は長官,会計検査院は院長という表記で収まっている。欧州委員長の訳語も長く定着している。ここで問題になるのは欧州理事会のプレジデントだ。

 通常国家の大統領とは,共和国において国家元首にして,行政府の長でもある。米国然り,フランス然り。ロシアもしかり。ロシアはプーチンが2000年に大統領に就任した後,3度の憲法改正をして,実質的な大統領の終身制と3権の上に立つ超大統領制を樹立した。ドイツとイタリアでは大統領を置くが,議院内閣制で首相の権限が強い。

 それではEUではどうであろうか。理事会の長をEU大統領といえるかである。もとより欧州理事会議長は加盟国首脳会議の議事進行を司るための議長の域を大きく超えるものではない。ただし欧州理事会議長は対外的にEUを代表する立場ではあるが,あくまで国家の大統領が行政府の長であるという観点に立てば,欧州理事会議長をもってEU大統領とするのは,必ずしも適訳とはいえないだろう。

 EUでは,行政府を所管するのは欧州委員会であり,中央官庁というべきEUの各職務(ポートフォリオ)を統括するのは欧州委員会の委員長である。行政府の責任者,つまり大統領という表記はむしろこの欧州委員長がふさわしいということになる。しかも重要なことは,欧州理事会は欧州議会にも,欧州委員会にも直接責任を負っておらず,欧州委員会のみが欧州議会に負っているのである。

 国家の統治機構の権限関係になぞらえてみると,議会は行政府に対して不信任権限を持ち,行政府は議会に対して解散権限を持つ。だがEUでは機関関係の「抑制と均衡」では,国家の首脳の集まりである欧州理事会は欧州議会にたいしては責任を負わず,欧州委員会に対しては長候補者の指名段階で役割を負っているに過ぎない。

 他方,欧州議会が欧州委員会に対して総辞職させる権限を持っている。非難動議権がそれだ。これを行使して可決出来れば,欧州委員会を総辞職させることができる。

 さらに欧州議会は,欧州委員長候補の最終選出権限を持ち,さらに加盟国から指名される26名の欧州委員候補の公聴会を実施し,不適と見れば,交代もしくは予定職務の差し替えを求めることとができる。

 ただし,欧州委員会が欧州議会にたいして通常議院内閣制の国家では行使できる首班に対する解散権限を行使できるかというと,それはできない。議会の非難動議権に対抗する逆方向の行政府の長による議会解散権限は委員会にはない。

 ただし欧州議会の非難動議権の可決は敷居が高く,過去可決されたことはない。実際,議決は出来なかったが,これがボディブローになって欧州委員会が1999年に自ら総辞職した事例が一度ある。ルクセンブルグ出身のサンテール欧州委員会の1999年のことである(注1)。

 欧州議会と欧州理事会の関係についてみてみると,欧州議会はEUの3機関の中で唯一EU全体の市民により選ばれた機関である。

 他方,欧州理事会はEUに加盟する人口50万程度から8300万人ほどのEUに加盟する27の国家の市民に選ばれた代表,首脳の会合である。理事会の長は議事進行をスムーズにするのが当面の役割で,EUを代表するといっても,何かを決定できる権限は付与されていない。ちなみに欧州理事会常任議長は専任の補助スタッフを持つものの,公邸もなければ,議長専用機をもつわけでもない。

 本稿の主題に戻って,欧州理事会常任議長をEU大統領と呼べるのかについては,EUの統治をどう見るかにかかっている。すなわち,欧州理事会の長を大統領とするか欧州委員会の長をEU大統領とするかという表記の根底にはEUの統治構造とその性格をどう評価するかという問題が横たわっている。別言すれば,欧州理事会常任議長をEU大統領と呼称する背景としては,国家がEUの最高意思決定機関であり,主権国家の集合体がEUの政策を決めるとする考え方,つまりEUは国家連合的組織という思想がある。

 ここで焦点になるのは,欧州議会の捉え方である。欧州理事会常任議長をもってEU大統領と呼称することを認めれば,欧州議会の意味は限りなく小さくなる。しかるに欧州議会は条約改正のたびに権限を拡大し,ほぼ全領域にその関与が広がっている。その最たる事例が,対中EU包括的投資協定批准への拒否である。

 この国際協定は2021年メルケルが主導して外交交渉でまとめ上げ,しかも27のすべての加盟国が同意した。それにもかかわらず,中国共産党によるウイグル族人権蹂躙を重視した欧州議会が阻んだことで,批准過程が凍結された。中国もまさか欧州議会によってEUとの投資協定が阻まれるとは思いもしなかったことだろう。

 国家主権の最高独立性を尊び,加盟国や欧州理事会だけを観ていれば,EU政治が語れるという認識は遥かに過去のものとなっている。欧州理事会はEUの指針を示すことが目的であり,法制定機能はEU条約上付与されていない。その下部機関というべきEUの理事会が共同立法権者の欧州議会とEU法の制定を行うのである。

 EUの統治構造に関していえば,加盟国法に優越する法とそれを出す議会があるかどうか,ある国際組織が連邦的であるか否かのメルクマールの一つである。

 特に欧州議会と理事会が共同して決定するこのEU法がもつ加盟国法への,連邦法というべき上位規範性はつとに知られており,EU法の総体(アキコミュノーテール)は年ごとに膨れ上がっている。これについて30年余り前にEU法(当時EC法)の権威ハートレー(T.C. Hartley)が1994年に刊行した『共同体法の基礎』の第3版で,「興味深いことだが,連邦的要素は,共同体においては裁判と法の体系において最も強力である」と書いている(注2)。近年EUでいわれる「規制力」とは,突き詰めればEU法の言い換えである。そしてEU法の実践とEU法が適正に加盟国やその他の機関で執行されているのか,その監視は欧州委員会が行う。EU法の守護者といわれるゆえんである。

 この欧州委員会だが,米国との比較で興味深いことがある。米国の大統領は年に一度議会に赴き,一般教書演説(State of the Union Address)を行う。が,それに倣って近年EUでも欧州委員長は欧州議会でEUの施政方針演説(Union Speech)を行うことが慣例化している。EUでは欧州委員長を米国風に,EUにおける大統領に擬しているのである。ただし米国とEUの相違は,欧州委員会は欧州議会に応答責任があり,米大統領と違い,議会にほとんど毎回出席している。

 かくして欧州理事会の常任議長をEU大統領と訳すには問題が存在するということになってくるのである。確かにEUは国家をもって構成されている。この構造は当面継続する。

 もし真のEU大統領にふさわしいポストができるとすれば,欧州理事会常任議長と欧州委員長の両ポストが合併したものであろう。これについても,一部でその必要が指摘されている。

 2017年9月当時,フォンデアライエンの前任者であったジャン・クロード・ユンケル欧州委員長自身が施政方針演説(ユニオン・スピーチ)でそれを語っている(注3)。両機関の長の合体が実現すればまさにEU大統領というにふさわしい。

 最後に両機関とその長の合体の可能性について付言しておこう。

 EUについては,外交問題について「誰に電話すればいいのかわからない」とかつて米国務長官を務めたヘンリーキッシンジャーが不満を述べたといわれる。これに応えるように,EUはその後,外交は欧州委員会に服属する欧州委員会の副委員長を兼任する。これは廃案となった欧州憲法条約で「EU外相」とされたポストである。

 それを受けたリスボン条約では,名を捨て実を取った。即ちEU外交安保上級代表とその機能を補佐するために欧州対外行動局(EEAS)を設けた。これは欧州理事会の対外関係部門と欧州委員会の関係総局を合体させたものである。

 上級代表のポストは特異である。欧州委員会の副委員長の地位にあり,EUの外相理事会の議長も務め,選出は欧州理事会により指名されるという形をとっているからだ。もとより上級代表は外交分野での権限に限定されているが,そのポストは欧州理事会常任議長と欧州委員長が一体化するための萌芽的事例となるのかもしれない。

 ともあれ,名は体を表す。すなわち言葉は思想を表す。たかが表記,されど表記。条約改正のたびに統治構造を確実に深化させていくEU政治の専門家にはこの「EU大統領」という邦語表記,実に悩ましいところだ。

[注]
  • (1)「サンテール欧州委員会の総辞職とEUの憲法政治-欧州議会の対応を中心として-」『ワールドワイドビジネスレビュー』,第1巻第1号,平成12年。
  • (2)T.C. Hartley, The foundations of European Community Law. Third edition. Clarendon Press. 1994.p.9. footnote.
  • (3)Juncker calls for combining two EU presidencies into one – POLITICO
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2810.html)

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