世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
インフレの抑制か,財政の救済か
(法政大学 教授)
2022.09.26
総務省が2022年9月中旬に公表した8月分のCPI総合(消費者物価指数2000年基準)は前年同月比2.8%の上昇となり,また,日銀が同月に公表した8月分の企業物価指数は速報値で前年同月比9%の上昇となった。まだ国民から強い批判が出てくる状況ではないが,企業物価指数が前年を上回るのは18カ月連続であり,インフレが徐々に進行している姿を浮き彫りにした。
現在のところ,日本のインフレはアメリカほど深刻な状況ではないが,それが本当の意味で政治問題に浮上した場合,何が起こるのか。その時に最も難しい判断を迫られるのは,間違いなく,日銀であろう。
日本銀行法の第2条では,「日本銀行は,通貨及び金融の調節を行うに当たっては,物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって,その理念とする」と規定されており,インフレが加速し,それが国民経済の健全な発展を阻害する状況になれば,何らかの対応を迫られる。
インフレ問題に対する正攻法の対応は,アメリカの中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)がコロナ禍で拡張した金融政策の手仕舞いをし,インフレ抑制のために段階的な利上げを実施しているように,日銀も異次元緩和の手仕舞いを早々に行い,利上げするしかない。
しかしながら,アメリカのFRBと異なり,日銀が利上げを行うのは政治的に極めて難しい。理由は単純で,日銀が利上げを実施すれば,それは財政を必ず直撃するからである。周知のとおり,日本の政府債務はアメリカよりも遥かに大きい。実際,IMFデータによると,2020年におけるアメリカの政府債務(GDP)は120%未満だが,日本の政府債務(対GDP)は200%を超えている。
もっとも,「イールドカーブ・コントロール」(長短金利操作)や「指値オペ」といった人為的で巧みな市場操作により,日銀はいま,短期金利はマイナス0.1%,長期金利は概ねゼロに近い水準に誘導している。その分,国債の利払い費が抑制できている。問題は,この人為的な操作がいつまで継続できるか,である。
「何らかの綻び」として,一つのトリガーとなり得るのは,インフレが加速し,国民の不満が高まった時である。日銀の黒田東彦総裁の発言などから読み取れるように,現在のところ,日銀は,物価目標の持続性的・安定的な実現には至っておらず,物価の上昇は一時的であるとしている。
しかし,この日銀のメッセージは,昨年(2021年)夏頃までのアメリカFRBの対応と似ている。サマーズ元財務長官やダドリー前ニューヨーク連銀総裁などは,かなり前からインフレの加速を警戒する発言をしていたが,FRBのパウエル議長はコロナ禍で拡張した金融緩和を継続し,景気をサポートする旨のメッセージを出し続けていた。
もはや現時点では明らかだが,パウエル議長の当時の判断は間違いで,このミスによって,アメリカのインフレ率は当初の予測とは異なり,大幅に加速してしまった。その後,パウエル議長もミスを暗黙に認める形で軌道修正を行い,2022年の3月以降,FRBは段階的な利上げを明らかにしたが,利上げ判断が遅れたことから,インフレが高進し,その抑制に一層厳しい態度で挑む必要性が出てきてしまった。
では,日銀はどうか。将来のことは誰も100%の形では予測できないが,仮に日銀がFRBと似た状況に陥った場合,日銀はインフレ抑制のために利上げを決断できるのか。インフレの抑制か,財政の救済か。日銀は二者択一を迫られる。政治的な摩擦を含め,その時に何が起こるのか,いまからでも頭の体操をしておく必要があろう。
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