世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「ほんの少し先回り」からの,移民受入れ社会
(南山大学国際教養学部 教授)
2022.08.08
日本は当事者同士をつなぐ第三の空間としての場所をシステムとして構築するのが苦手なのではないか?——と思ったのは,父のがん告知の時だった。もう30年以上も前のことだから,告知は本人である父ではなく,家族になされた。当然のことながら私たちはどうしていいか分からない。告知するお医者様も病状説明,治療方針と余命のことしか伝えてくれない。分からない者同士の中で父だけが置いてきぼりになる。誰に頼って,どんな情報を得て,どう対応したらよいのか。病院という閉じた空間の中で,文字通り皆がオロオロして,結局お別れの心が整う前に働き盛りだった父は逝ってしまった。えっ? こうした時,みんなどうしているの? 宗教? キリスト教? 仏教? いきなり余命宣告されて,一気に押し寄せてくるすべてに,どの家族もほぼ裸で向き合っているの? そんな時,混乱する状況を整理してくれて(直面する問題は概ね同じだ),心をサポートしてくれる第三の場所が病院内外にあったなら。当時よりも高齢化や医療が進んだ今なら,情報も豊富だし,ホスピスもあるし,少しは苦痛や悩みのクッションとなりうる第三の場所が出来ているだろうか。
こうしたことを今でも考えるのは,日本の外国人労働者政策の矛盾ゆえに,現実と政策の狭間に落ちてしまった外国人労働者を支えているのが,民間の,市民の皆さんであるからだ。例えば,以前から様々な議論を呼んでいた技能実習生をめぐる課題,特にアフターコロナにおいて苦境が伝えられている技能実習生に救いの手を差し伸べているのは,地域の人々,法律家,研究者,NPO/NGO,日本語教師,等の人々であり,そうしたご苦労を知るにつけ,政策として持続可能な「第三の場所」がシステムとして整備されていれば,と思うのだ。なかでも日本語教育はそのさいたるもので,小中高の学校現場や地域の皆さんがボランティア的に役目を担ってくださっている。政策(国)と当事者(外国人労働者)を繋ぐ第三の場がない。善意と努力に頼るシステムは持続可能なものとはならない。日本は「移民」政策でなく「外国人労働者」政策を掲げているから,「外国人」と「雇用者」の関係しか存在せず,その間の「第三の場」空間が抜け落ちている。人生と生活はそこにあるのだから,そうした空間をボランティアに丸投げしていてはいけない,のではないか。
移民が社会にどれだけ受け入れられているか? に関する国際比較として,2000年以降,ヨーロッパを中心に調査が行われている「移民統合政策指数(MIPEX,Migrant Integration Policy Index)」がある。EUをはじめとする欧州各国,北米,オーストラリア,アジアでは韓国と日本が参加しており,2020年に52カ国が参加して5回目となる調査結果が公表された。日本の総合評価は47点(100点満点)で35位(韓国は56点で19位)。トップはスウェーデンの86点。総合評価は8つの政策分野(労働市場,家族呼び寄せ,教育,政治参加,永住,国籍取得,反差別,保険)から判断され数値化されている。日本がその中で比較的高い評価を得たのは,保険や永住,家族呼び寄せ。低い評価は,反差別,政治参加,教育。また,4つにグループ分けされた統合度合い(comprehensive integration, equality on paper, temporary integration, immigration without integration)では,日本はimmigration without integration(統合なき移民受け入れ)に位置付けられた。理由ははっきりしていて,日本は「すでに人々の移動の最終目的国になっているにも関わらず,それを否定しており」「永住権を取得できるが,社会参加するための権利や平等な機会が保証されていない」からだ。「日本は移民を隣人としてではなく従属物(subordinates)としか見ていないかも」とまで書かれている。これではご苦労されている市民団体の方々は浮かばれない。
以前,このコラムで移民を動的平衡になぞらえたことがある。自然には秩序を守るために分解がほんの少しだけ「先回り」する知恵があり,「先回り」するがゆえに,その不安定さを利用して次の瞬間に合成が盛り返す。自然の秩序は「先回り」分解と「合成」で保たれるなら,社会も相対する二者間の関係性を連続体(continuum)と捉えて,その間を埋める第三の空間をつくることができるはずだ。日本語教育の場はそうした空間になりうるし,その政策を持続可能なシステムとして整えることはそんなに難しいことではないと思うのだ。そうした空間やシステムがあれば,予想外のこと,例えば今回のようなウクライナ避難民の方々への対応にも応用できるだろうし,日本語で苦労する若い人たちが―技能実習などで就労する若者も含めて―日本を永住の地として選び,その力を発揮してくれたらいいのに,と思う。
- 筆 者 :平岩恵里子
- 地 域 :日本
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
- 分 野 :国内
- 分 野 :etc.
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