世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2613
世界経済評論IMPACT No.2613

親日モンゴルで最大人気の外国人政治家「シンゾー」

田崎正巳

(STRパートナーズ 代表・元モンゴル国立大学 教授)

2022.07.25

 安倍元首相襲撃に関する第一報を聞いたのは,成田空港であった。モンゴルへはコロナ前の2019年12月以来,3年ぶりの渡航であった。

 成田でのチェックイン時に,「安倍元首相襲われる」とのニュースを目にし,飛行機に乗る直前のニュースは「銃で撃たれ,心肺停止」「病院に運ばれた」とあった。そしてウランバートルの新空港に着いたら「死亡」とのニュースに変わった。本当に驚いた。

 ウランバートルのホテルにチェックインした時,受付の女性が「今日は大変な日ですね」と声をかけてきた。何かこちらモンゴルで特別なことがあるのかと聞くと「日本の元首相が亡くなりました」と手で涙をぬぐうようにして「私は泣きました」と言ったのである。

 自民党や安倍氏の長期政権に飽き飽きしていた人たちからすると,恐らく想像もできないであろうが,安倍氏はここモンゴルでは大変人気がある。「あった」ではなく,今も人気があるのである。スガやキシダは知らなくても,安倍氏を知らないモンゴル人はほとんどいないと言ってもいいほどである。

 その訃報は,あっという間にモンゴル中に広まり,誰もがひどく悲しんでいる。もしかして,日本人よりも悲しんでいるのではないかと思うほどである。日本人の場合は,「選挙中の襲撃」「テロ行為」「民主主義を揺るがす行為」など,その許されざる行為に対しての怒り,悲しみがメインだと思うが,ここモンゴルでは完全に,安倍氏個人の死,外国人政治家として最も人気があった「シンゾー」が亡くなったことへの悲しみがとても強いのである。

 モンゴル外務省の人たちも大いに悲しんでいた。モンゴル外務省には安倍氏と直接会ったことがある人が結構多いのである。それはなぜか?

 安倍氏は3度もモンゴルを訪問し,何度も(10回以上?)モンゴルの大統領や首相に日本で会っている。恐らくモンゴルの首脳(大統領,首相)が最も多く会った外国の首脳は安倍氏であろう。なので,モンゴル外務省の官僚たちはその随行員としてや通訳として,安倍氏と会う機会が多かったのである。そして直接会うことで,個人的に政治家として好きになっている人が多いのである。

 しかもそれだけではない。安倍氏の私邸は渋谷の富ヶ谷にあるが,モンゴル大使館もその近所である。安倍氏は散歩の途中にモンゴル大使館に寄ったり,大使館に向かって手を振ったりしていたそうである。日本大使館はモンゴルの在外大使館の中でも重要な拠点であるから,モンゴル外務省の官僚もそのことをよく知っており,ファンが多いのである。まさに日本人が知らない,安倍氏の一面を見る思いだ。

 更にもっと驚くべき交流があった。

 安倍氏のお母さま安倍洋子さんは,政界のゴッドマザーとして有名であるが,彼女はモンゴル大使館にしょっちゅう遊びに来ていたそうである。年に数回というレベルではなく,月に数回,時には毎週ということもあったそうである。どうやらお母さまもモンゴルが好きだったようである。安倍氏のみならず,洋子さんもモンゴルに来ていた。洋子さんは書道家でもあり,モンゴルで「日本モンゴル書道展」を2014年に開いた時,モンゴルへ来たのである。

 無論,日本がモンゴルへの最大援助国ということも,モンゴル人に人気があった理由でもあるだろう。私が明確に覚えているのは,新空港建設のことである。新空港建設案についてはかなり前からあり,私がモンゴルにいた2010年以前から既にODA供与は決まっていた。

 が,その後建設業者をどうするかなど紆余曲折があり,なかなか決まらなかった。しかも日本側官僚らの不手際もあり,建設予算が決定的に足りなくなり,その事業そのものを手掛けようという日本企業もほとんど消えてしまったのである。実際,400億円近いODA枠に対して,建設費が200~300億円くらい足りないという話も出てきて,頓挫してしまった。

 日本側は「約束のODAは出すのだから,後はモンゴル側で進めてくれ」と言うしかなく,モンゴル側は「そもそもお金が全然足りなくて着工もできない」となった。役人レベルでは膠着していた時に安倍氏がモンゴルにやってきて「エイヤ!」かどうかはわからないが,「必要な資金は日本政府が出す」と当時のエルベグドルジ大統領に約束して,昨年完成したのである。その新空港に私は今回初めて立った。綺麗で近代的な空港となり,今後のモンゴルの発展のカギを握る存在になるに違いない。

 安倍氏の死を悲しんでいるのは,首都ウランバートルの人たちだけではない。安倍氏はモンゴルでは田舎でも大人気である。モンゴルはファーストネームで呼ぶ習慣があるので,私は何度も「シンゾー」と言うのを耳にした。その田舎の人たちも,今回の事件には大変悲しんでいると多くの声を実際に聞いた。日本人にはイメージできないかもしれないが,モンゴルの雄大な大草原で遊牧をしているノマド達。彼らが安倍氏のニュースを聞いて「シンゾーがかわいそうだ!」と泣いているのである。

 私も首都から1200㎞離れた西の端の県のインターネットもつながりにくいところへ今回行った。そこで出会った遊牧民がゲルから出てきて「お前はヤポン(日本人)か。シンゾーのことはひどいな。みんな大好きだった」と言われたときには,「モリカケサクラ」などで違和感を覚えていた私でさえ,これだけ日本の政治家を愛してくれたことに感謝せざるを得なかった。

 再度申し上げる。日本人からするとちょっと想像できないほど,安倍氏は人気者である。その分,今回の悲劇には大きな悲しみを多くの「一般庶民」のモンゴル人が抱いてくれているのである。安倍外交の光を見た気がした。多分,過去日本の政治家が誰もできなかったことである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2613.html)

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