世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2155
世界経済評論IMPACT No.2155

イスラーム金融と地域統合:多様性と一体性のバランスが鍵

金子寿太郎

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2021.05.17

 Covid-19感染拡大の長期化を背景に,将来への経済的不安等から,多くの先進国で出生率が低下している模様である。他方,ムスリムの多い中東,東南アジアおよびアフリカ地域では,世界人口の増加率を上回る速さで人口増加が続くと見込まれている。加えて,一部のイスラーム教国では,ムスリム社会における中間所得層の拡大や保守主義の高まりといった状況もみられる。

 こうした中で,原油価格動向等の不確実性はあるものの,金融市場におけるイスラーム金融取引のシェアが構造的・趨勢的に拡大していく可能性は相応にある。イスラーム金融サービス委員会(IFSB)によれば,全世界のイスラーム金融資産(イスラーム銀行与信や発行済みスクークの残高等)は,2019年末時点で約2兆4千4百億米ドルと3年連続で増加(前年比+11.4%)した。

 イスラーム金融の規模は,通常の(コンベンショナルな)金融との比較でまだ僅少であるものの,今後も拡大を続ければ,それに伴って行政上の重要性を増していくだろう。このことは湾岸協力理事会(GCC),東南アジア諸国連合(ASEAN)およびアフリカ連合(AU)のようなムスリムの多い地域共同体の域内統合計画に特に当てはまると思われる。

 金融ではクロスボーダーの取引が財よりも容易であるため,地域共同体において金融にかかる市場やシステムの一体性を向上させることは,域内統合深化への大きな推進力になり得る。単一通貨の導入のような特に見え易い成果があがれば,共同体意識の醸成といった心理的な効果も大きい。加えて,債務共有化等と比べれば,金融面の統合に伴う国家主権移譲の障害は大きくない。このため,多くの地域共同体で,金融面の統合は財政面等の統合に先行して取り組む重要な課題と位置付けられている。これまで地域共同体における金融統合は,コンベンショナルな金融を対象に議論されることが多かった。しかし今後は,イスラーム金融の観点から域内統合の在り方を検討する必要性が高まるのではないだろうか。

 一口に「ムスリムの多い地域共同体」と言っても,それぞれに目標(目指す統合の度合いなど)や基礎的な条件(経済的同質性等)のほか,イスラーム金融の位置付け(コンベンショナルな金融との関係等)が異なるため,これらを軽々に一括りで論じるべきではない。それでも,イスラーム金融や金融統合の本質に鑑み,それらに共通するハイレベルな政策課題を見出すことはできよう。以下では,地域共同体における金融統合の側面とイスラーム金融の側面の双方から,これを検討する。

 まず,地域共同体における金融統合の側面について考えてみよう。金融統合では,ハード(決済システムなど)とソフト(法・規制,監督等)双方のインフラの標準化が求められる。異なる国々の間でルールの調和や調整が図られなければ,国際的に公平な競争条件が損なわれるほか,互いのルールが抵触・矛盾するような極端な場合,ある国で適法な取引が別の国では違法と見做され履行できなくなる。こうしたルールの不整合は,投資家心理に萎縮効果をもたらし,域内クロスボーダー取引の振興を妨げる。

 したがって,地域共同体は,通常,域内で共通のルールや紛争解決手段を導入している。とはいえ,画一的なルールには,地域的な特殊事情を柔軟に勘案できない,技術進化等の状況の変化に迅速に対応できない,といった弊害もある。したがって,ルールの重要性等に応じて,ある程度の解釈の余地を認めたり,罰則の程度に差を設けたりする。

 一般的な金融のグローバル化の文脈においても,クロスボーダーでの金融取引の活性化が大きな目的の一つであるため,これと同様の作業がなされる。しかし,地域統合やその深化を目指す場合,より高い次元での収斂が必要となる。これに関して最も先鋭的なEUでは,加盟国の国内ルールに優先する共同体ルールが多数導入されているほか,共同体レベルの監督機関がそれらの適切な実施を担保している。

 次に,地域共同体におけるイスラーム金融の側面について考えてみよう。イスラーム金融は,イスラーム教に則った金融サービスであり,1970年代に本格化して以来,イスラームの教義に忠実でありたいと考える信者を中心に利用が拡大してきている。個別の金融スキームがシャリーア(イスラーム法)に適合しているか否かは,シャリーア委員会と呼ばれるイスラーム法の専門家(ウラマー)で構成される機関が判断する。シャリーアの解釈には学派等に応じて多様性があり,それぞれの立場が尊重されている。このため,イスラーム金融にかかるグローバルな国際機関による基準設定機能は限定的なものにとどまっている。イスラーム法の解釈を統一できない以上,イスラーム金融は規制の標準化に馴染み難い。

 例えばGCCの場合,通貨統合協定を締結した4加盟国の間でさえ,主流のイスラーム法学派は区々となっている。具体的には,イスラーム教の発祥国かつ域内の盟主であるサウジアラビアおよびカタルではハンバリ―,クウェートではマーリキー,ならびにバハレーンではアフバーリー,となっている。これらのうちハンバリ―法学派は,コーランやハディースに対してとりわけ厳密に忠実であることを志向するため,概して新たな法解釈を行うことに保守的であるほか,他の法学派と実務的な調整を行う余地も乏しい。ASEANについても,マレーシアのシャリーア適合性判断は比較的柔軟であるのに対し,インドネシアはより厳格な立場を取ることが多いと言われる。こうした多様性がクロスボーダーでシャリーア適格性に関する判断を収斂させることを難しくしている。

 地域共同体の金融市場におけるイスラーム金融のシェアが高まっていけば,コンベンショナルな金融でのみ域内のルールを収斂させても,いずれ実質的には域内の金融システムが一体性を有しているとは言えなくなるであろう。場合によっては,イスラーム金融にかかるルールおよびその適用のばらつきが統合深化の阻害要因となるかもしれない。

 以上を踏まえ,次の3点を政策的な含意として挙げることができよう。第一に,イスラーム金融の統合は,コンベンショナルな金融の統合とは根本的に異なる課題であり,特別な検討を必要とする。第二に,イスラーム金融の統合はコンベンショナルな金融の統合よりも全体的に困難である。第三に,第一および第二の含意を踏まえつつ,それでもイスラーム金融にかかる統合深化を図ろうとすれば,根源的な多様性を包含しながら一体性を追求する,というデリケートかつ興味深い挑戦が高い次元で求められることになる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2155.html)

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