世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
原子力とガスを「クリーン」と判定:EU欧州委員会の「タクソノミ-」新方針をめぐって
(東北大学 名誉教授)
2022.02.21
今年の正月早々,EUの欧州委員会は,原子力とガスをクリーン・エネルギーの範疇に加えるとの新方針を示し,エキスパートとの協議の後,2月2日に法案を公表した。
フォンデアライエン委員長の欧州委員会は2019年12月発足直後に欧州グリーンディールの方針を打ち出した。「気候中立」(「カーボンニュートラル」)を2050年までに達成するために,気候法を制定してEUの行動を法的に縛り,関連する多種の法律を定め制度を新設するなどして,グリーン化に向け世界の最先端を走ってきた。水力・潮力・地熱に加えて太陽光と風力による発電,それにバイオマスなどが「クリーンなエネルギー」というのがEUの公式見解と思われていたので,一定の条件づきながら原子力とガスをクリーンのタクソノミ-(分類基準)に追加するというこの発表には反発も広がった。
EUのタクソノミ-は民間の投資をクリーンな投資分野に誘導する機能をもつ。原子力発電に巨額の民間資金が誘導される事態への非難も目立った。
EU加盟国の立場は分かれている。ドイツはガスには賛成だが原子力に反対であり,オーストリア・ルクセンブルクは原子力に関してEU司法裁判所に提訴するといっている。一方で,フランスのマクロン大統領は原発をあらたに6基建設する方針を表明しており,発電に占める原発のシェアを7割からさらに引き上げる。フィンランドも原子力支持,石炭発電のウェイトの高い中・東欧諸国は原子力・ガス両方を支持している。
今回の決定の理由として欧州委員会は,EU加盟国のエネルギー構成(energy mix)が国毎に大きく違っている点を強調している。EUのエネルギー生産において石炭の占める割合は2020年でも風力・太陽光発電よりはるかに高いのだが,ポーランドをはじめ中・東欧に石炭依存度の非常に高い国が多い。温暖化ガス排出の度合いの高い石炭から原子力やガスへの切り替えは気候中立目標の達成に不可欠と欧州委員会は判定したのである。
EUのエネルギー事情については,蓮見雄氏が行き届いた現状分析と展望を示している(「欧州グリーンディールの隘路」,世界経済評論2022年3/4月号,所収)。それを見ると,EUの2050年の気候中立目標も2030年の中間目標も非常に厳しい目標だということがよく分かる。現代文明をつくった効率的な化石エネルギーへの依存を大きく引き下げて,風力・太陽光発電に転換しなければならないのだが,太陽光発電は「お天道様まかせ」,風力発電は「風任せ」であって,効率性が定かでない。去年スペインやイギリスでは風が弱くて風力発電量が20%近く落ち,代替燃料のガスの価格が跳ね上がった。太陽光・風力の不安定性を補完するクリーンな(CO2を発生しない)電源として原子力を考えざるをえない。
原子力発電では核燃料の最終処理の技術ができていないという重大な問題が残る。だが,その技術は将来に託すしかないであろう。原子力を排除すれば,2050年の気候中立という展望が揺らぎ,地球気候・環境が本格的に壊れていくのを傍観するしかなくなるおそれがある。ヨーロッパでも中央アジアでも中国でも,多数の原発が建設途上か計画中である。
国レベルでは国際競争力という重大な問題が絡んでくる。太陽光発電パネル設置には適地面積,風力発電では設置方式(陸上か浅瀬か沖合かなど)にコストの問題が絡んでくる。家計の負担にも関わる。
ロシアのウクライナに対する軍事攻勢を目にすると,ガスや石油の対外依存の地政学も将来にわたって非常に重要になる。ロシア依存度の高いEU諸国ではとくにそれがあてはまる。原子力発電所新設を打ち出したマクロン大統領はそうした地政学の問題も考慮しているのであろう。
欧州委員会が2月2日に公表した法案がEUの法律になるには,EU理事会(加盟国レベル)と欧州議会との承認を必要とする。双方の機関は法案を精査して4カ月以内に賛否を判断する。ただし,2カ月の追加の精査期間が設けられていて,最長6カ月となる。
EU理事会の否決は考えにくい。否決には,加盟国数の72%以上(27の加盟国のうち少なくとも20カ国)が法案に反対し,かつ反対国の人口がEU全体の65%以上必要だが,20以上の加盟国が法案支持といわれている。欧州議会は過半数(議員353名以上)の反対で法案を否決できるので,こちらはどうなるか分からない。賛成が多ければ,法律は23年初めに発効する予定である。
- 筆 者 :田中素香
- 地 域 :欧州
- 分 野 :国際政治
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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