世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2426
世界経済評論IMPACT No.2426

バイデン政権,インド太平洋戦略を発表:同盟国,パートナーとの連携で中国と競争

石川幸一

(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2022.02.21

 2022年2月11日にインド太平洋経済枠組み(IPEF)を含む「米国のインド太平洋戦略」が公表された(注1)。①インド太平洋の約束,②インド太平洋戦略,③インド太平洋行動計画,④結論の4部構成,全体で19頁と比較的短い文書である。

 「インド太平洋の約束」では,米国の太平洋岸からインドに至る地域であるインド太平洋は,米国の安全保障と繁栄に極めて重要であると認識し,バイデン政権の下,米国はインド太平洋における米国の長期的な地位とコミットメントを強化する決意であると述べている。その理由として,インド太平洋地域が中国の台頭による挑戦に直面していることをあげている。中国は,経済力外交力,軍事力,技術力を統合してインド太平洋における勢力を拡大し,世界で最も影響力のある強国になろうとしていると指摘している。

 また,米国と同盟国,パートナーが今後10年間に努力を結集させることが,インド太平洋諸国に恩恵を与えてきたルールと規範の変更に中国が成功するかどうかを決定するとして,米国は他国と共有する将来の利益とビジョンを守るために中国と競争をしていると強調している。我々の目的は中国を変えることではなく,米国と同盟国,パートナーとその利益と価値に最も有利な戦略的環境を形成することである。一方で気候変動や核不拡散などの分野では中国と共働を求めていくと述べている。中国以外にインド太平洋の直面する課題として,COVID-19パンデミック,違法に核兵器を開発する北朝鮮などをあげている。「結ばれ,繁栄し,安全で強靭な自由で開かれたインド太平洋」は,米国だけでは実現できないということを強調し,同盟国,パートナー,地域機構と協力,連携することを極めて重視している。

インド太平洋戦略の5つの目的

 同戦略で米国は,①自由で開かれたインド太平洋,②関係(つながり)強化,③繁,④安全保障,⑤強靭性の構築の5つの目的を同盟国,パートナー,地域機構とともに追求するとしている。

 ①「自由で開かれたインド太平洋」については,a. 自由な報道,活気のある市民社会など民主的な制度への投資,b. 腐敗を暴き改革を推進するために財政面の透明性を改善,c. 国際ルールに従った地域の海と空の統治と利用の確保,d. 重要な新興技術,インターネット,サイバー空間への共通のアプローチの推進,があげられている。

 ②「関係の強化」については,集合能力(collective capacity)の強化を目的として次の国々,地域機構との関係を強化するとしている。a. 豪州,日本,韓国,フィリピン,タイとの5つの条約による同盟の深化,b. インド,インドネシア,マレーシア,モンゴル,ニュージーランド,シンガポール,台湾,ベトナム,太平洋島嶼国などのパートナーとの関係を強化,c. 強力で団結したASEANへの貢献,d. Quadの強化とコミットメントの実行,e. インドの台頭とリーダーシップの支持,などが掲げられている。

 ③「繁栄」は経済戦略である。a. IPEFにより,高いレベルの労働と環境基準を満たす貿易への新たなアプローチ,新たなデジタル経済枠組みを含むオープンな原則に従ったデジタル経済と越境データフローのルール作り,多元的でオープン,予測可能な強靭で安全なサプライチェーンの推進,脱炭素化とクリーンエネルギーへの共有された投資を行うとしている。また,b. APECを通じた自由,公正で開かれた貿易と投資促進,c. インフラ支援構想である「より良き世界の再建:Build Back Better World(B3W)」を通じた地域のインフラギャップの縮小,などをあげている。

 ④「安全」については,a. 統合抑止(integrated deterrence)の推進,b. 相互運用性の強化,c. 台湾海峡の平和と安定の維持,d. 宇宙空間,サイバー空間および重要・新興技術を含む急速に展開する脅威環境における運用の改善,e. 韓国と日本という同盟国との抑止力の拡大と協力の強化および北朝鮮の完全な非核化の追求,f. AUKUSの実施の継続,などを掲げている。

 ⑤「強靭」については,a. 世界の平均気温上昇を1.5度以下に抑制するという目標のための同盟国,パートナーと共働,b. 気候変動と環境悪化の地域の脆弱性を減少させる,c. COVID-19パンデミックを終わらせる,が掲げられている。

10のインド太平洋行動計画

 インド太平洋戦略の実行のため,今後2年間に次の10の行動計画を実施するとしている。

 ①「インド太平洋への新たな資源の投入」では東南アジアと太平洋島嶼国に新たに大使館と領事館を開設,東南アジア,南アジア,太平洋島嶼国での米国沿岸警備隊のプレゼンスと訓練など協力の増大,海洋能力と海洋領域認識の育成,平和部隊を含めた人的交流の拡大などを行うとしている。

 ②「IPEFの主導」では,2022年の早い時期に高い水準の貿易,デジタル経済の統治,サプライチェーンの強靭性と安全の改善,透明で高水準のインフラ投資の促進,デジタル連結性の構築を推進する新しいパートナーシップを開始するとしている。

 ③「抑止力強化」では,米国および台湾海峡を含む同盟国とパートナーへの軍事的な攻撃を抑止し新たな能力の開発により地域の安全保障を促進,インド太平洋防衛イニシアチブと海洋安全保障イニシアチブへの資金拠出のための議会との協働,AUKUSによる豪州海軍への原子力潜水艦を早期に提供する最適な道筋の検討などがあげられている。

 ④「強力で団結したASEANの強化」では,ワシントンで初の米ASEANサミットの開催を含む米ASEAN関係の強化を図る。米国は東アジアサミットとASEAN地域フォーラムへのコミット,ASEANとの新たな閣僚レベルの関与を行う。1億ドルを超える新たな米国ASEANイニシアチブを実施し,保健の安全保障,海洋における課題,連結性強化と人的交流の強化を優先する2国地域間の協力を拡大するとしている。

 ⑤「インドの台頭と地域でのリーダーシップの支持」では,志を同じくするパートナーでありQuadの推進力となっているインドと戦略的パートナーシップを構築し,保健,宇宙空間,サイバー空間など新しい領域で協力,経済技術協力の深化,自由で開かれたインド太平洋への貢献を進めるとしている。

 ⑥「Quadの約束の履行」では,COVID-19への対応としてインド太平洋地域と世界への10億回のワクチンの供給,重要および新興技術での協力,サプライチェーン協力などを進める。

 ⑦「米日韓の協力の強化」では,ほぼすべてのインド太平洋の課題は,米国と同盟国,とくに日本と韓国の密接な協力を必要とする。北朝鮮についての3か国のチャネルを通じた密接な協力を継続する。安全保障だけでなく,地域開発,インフラ,重要技術とサプライチェーン,女性のリーダーシップとエンパワーメントなどでも協力する。

 ⑧「太平洋島嶼国における強靭性構築への協力」では,太平洋諸島を支援するために多国間の戦略的グルーピングを構築し,情報通信,輸送面でのインフラギャップの解消,漁業の保護,海洋安全保障面での協力を行う。

 ⑨「良き統治と説明責任の支援」では,インド太平洋諸国の政府が独立した政治的選択を行うことへの支持,外国からの干渉と情報操作のリスクを明らかにし軽減する能力を持つことを確保するための連携,ビルマにおける民主主義の擁護と民政への復帰に向けて軍政に圧力をかけるために同盟国とパートナーと緊密に協力することなどを行う。

 ⑩「オープンで強靭,安全かつ信頼できる技術の強化」では,安全で強靭なデジタルインフラの促進,集団的なサイバーセキュリティとサイバー詐欺事件のへの迅速な対応を改善するために新たな地域的イニシアチブを構築などが掲げられている。

同盟国とパートナーとの協力と連携を強調

 バイデン政権はトランプ政権の開かれたインド太平洋(FOIP)戦略を継承しているが,アプローチは変わってきている。まず,①米国1国ではFOIPの実現は不可能であるとして同盟国やパートナーとの協力と連携を強調している。単独主義的な動きが強かったトランプ政権に比べて顕著な違いである。協力と連携の相手として,5つの同盟国,パートナー国(インド,インドネシア,マレーシア,モンゴル,ニュージーランド,シンガポール,台湾,ベトナムの8か国と太平洋島嶼国),ASEAN,EUがあげられ,協力枠組みとしてQuadとAUKUSが示されている。パートナーでは,とくにASEANとインドが重視され,関係強化のための協力が10の行動計画に含まれている。また,集合能力や統合抑止力という概念が強調されている。次に②安全保障では,台湾海峡を含む同盟国とパートナーへの軍事的な攻撃を抑止すること明言されている。③北朝鮮を含むほぼすべてのインド太平洋の課題への取り組みは日本と韓国の協力を必要とするとして米日韓の協力強化が強調されている。④米国のFOIPの問題点として経済連携構想が欠如していることが指摘されていたが,IPEFを2022年の早期に立ち上げることが示された。ただし,詳細は示されていない。⑤インド太平洋戦略の課題として気候変動問題が取り上げられている,⑥トランプ政権時代はインド太平洋の戦略的脅威として中国,北朝鮮のほかに名指しされていたロシアが含まれていない(2019年の国防総省インド太平洋戦略報告書)などが指摘できる。IPEFにみられるように具体的内容や詳細は示されていない分野が多い。トランプ政権ではまとまったインド太平洋戦略は発表されなかったが,国務長官の演説や国防総省と国務省のインド太平洋戦略報告書などで具体的な内容が提示された(注2)。今後,詳細な内容と実施計画の発表が待たれる。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2426.html)

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