世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米国不在の今こそ日本はアジアのFTAに関与しよう
(丸紅経済研究所 所長代理)
2022.01.31
依然国内の反自由貿易主義が足かせとなってはいるものの,米国のアジア回帰が始まったように見える。昨年10月の東アジアサミットでバイデン米大統領が打ち出した「インド太平洋経済枠組み」は,アジア回帰策であると同時に,中国への対抗策であり,安全保障の一環というのが大方の見方だろう。
しかし安全保障を主眼とする米国のアジア回帰は容易ではなさそうだ。21世紀初頭の米国にその前例を見つけることができる。2001年9月11日に同時多発テロ攻撃を受けたブッシュ米大統領は,テロ対策推進のためAPECへの関与を強めた。ブッシュ大統領は9.11テロの1カ月後APEC上海首脳会議に出席し「テロ対策に関するAPEC首脳声明」を出すことに成功,これはAPEC初の安全保障に関する声明だった。そしてブッシュ大統領は,在任中2008年のAPECペルー首脳会議まですべてのAPEC首脳会議に出席した。これはクリントン米大統領が1995年,1998年とAPEC首脳会議を欠席し,「米国はAPECを軽視している」という反発が生じたのとは対照的だった。しかし2002年のバリ島テロ(豪州人が多数犠牲になった)を受けたハワード豪首相の対テロ先制攻撃発言は,「主権侵害である」としてアジア諸国の反発を招き,豪州とアジアの関係は悪化。さらにハワード首相の発言が「ブッシュ・ドクトリン」を踏襲しているとして,アジアの反発は米国にも向かった。加えてAPECの中心課題が安全保障に移り,経済問題が放置されると,これをよしとしないアジア諸国は,米国が参加しないASEAN+3やASEAN+6という地域枠組みにおいて,APECの本題である貿易自由化問題を扱い始めるようになった。この「米国外し」の状況を挽回すべく米国が2006年のAPECハノイ首脳会議で提案したのが自国を含むFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)構想であり,そこに向かう道筋として米国は2008年にTPP(当時の加盟国はシンガポール・チリ・ニュージーランド・ブルネイ)への参加交渉を始めた。
以上をまとめると21世紀初頭の米国のアジア回帰は,「米国がAPECに安全保障問題を持ち込む⇒アジア諸国は逃げる⇒米国はアジアを取り込むべく新枠組みを立ち上げる」というものだった。
現在バイデン大統領が掲げる安保含みの「インド太平洋経済枠組み」も同じ轍を踏まないだろうか。インド太平洋経済枠組みのカバー分野や実現可能性は見えないが,漏れ聞こえてくる情報によれば,貿易自由化などは議題から外す一方,デジタル協定を含めるのはほぼ確実という。しかし本来経済統合の核となるべき貿易自由化を欠き,新興国が不信感を抱きがちなデジタル協定(*)を含む経済枠組みは,果たしてアジア諸国を惹きつけられるだろうか。またインド太平洋経済枠組みは議会承認が必要な貿易協定と異なり,法的拘束力を持つ可能性も低いという。米国が関心を示しているデジタル経済パートナーシップ協定(DEPA)も同様にアジア諸国を魅了する可能性は低いのではないか。
このように米国が自国の反自由貿易主義に遠慮して,アジアに対して「正攻法」の通商政策を打ち出せない中,FTAAPに対する熱意が冷めているという声をよく聞く。確かに経済の観点からすれば,米国不在のFTAAPの魅力は相対的に小さいだろう。しかし外交の観点からすれば,日本にとって現状はチャンスではないだろうか。なぜなら日本は,積極的にCPTPPやRCEPそしてFTAAPに関与することによって,米国に代わってアジア諸国に対する影響力を持つことが出来る。米国はその影響力を評価し,その結果日米関係はより強まるだろう。つまりアジアに米国がいない今こそ,日本は米国に代わってアジアのFTAに深く関与し,その影響力を使ってより強く米国とつながるべきなのだ。
[注]
- *経済産業省「第1回 データの越境移転に関する研究会」議事要旨には「新興国の立場からすれば,データフリーフローでは先進国に囲い込まれる不安がある」との発言があり,新興国のデータ協定への不信感は強い模様。
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