世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2381
世界経済評論IMPACT No.2381

アンチダンピングを規律的に積極運用する日本

柴山千里

(小樽商科大学 教授)

2021.12.27

 日本は,貿易救済措置の対象にされがちな国である一方で,あまり行使しない国として知られてきた。そんな日本も,今世紀に入ってからは徐々にアンチダンピング(AD)政策に対して積極的になってきた。2000年代から法制度やガイドラインの整備を始めると,2010年代半ばからは,毎年調査に着手し,実効性のある課税も行われている。

 しかしながら,日本のAD政策は,AD課税を容易にする恣意的な運用をしていない。それは,日本がAD措置濫用のターゲットとして長年苦労し,AD措置の適用ルールを明確にするよう規律強化のため戦って来た歴史と関係している。

 AD,補助金相殺関税,セーフガードは貿易救済措置と言われる。これらの措置のもとで,WTOは輸入国が輸入急増による損害から一時的に国内産業を保護することを認めている。損害を受けた産業の申請に基づく調査で認定要件が満たされれば,輸入国は一定期間関税を引き上げることができるのである。

 貿易救済措置のうち,世界のAD措置の発動は,1980年代以降,それ以前に比べ倍増した。貿易自由化の進展と使い勝手の悪いセーフガード措置の代用として使用が増えたからである。それを後押ししたのは,WTOの前身であるGATTの東京ラウンドで結ばれたAD協定で定められた発動要件の緩和である。各国はAD協定を国内法に反映させることに加えて課税に有利な運用を行い,AD措置の濫用が問題視された。そして,AD措置が増大する中で,1980年代に世界から最もターゲットとされた国は日本であった。

 これに対抗するため,通商産業省は2つのことを行った。一つは,1984年の公正貿易センターの設立である。産業界からは,鉄鋼,電子,貿易,繊維,石油化学,自動車,産業機械など20の業界団体が参加した。主な業務は,ADを中心にした特殊関税に関する情報の収集・提供,調査研究,啓蒙である。同センターは,海外のADの運用状況を分析し,日本の対応策を検討するための調査研究を行うとともに,講習会や海外のADについての専門家を招いたシンポジウムを開催するなど,業界団体の啓蒙に努めた。もう一つは,GATTのAD委員会や補助金相殺関税委員会の会合で濫用の是正を働きかけるようになったことである。

 こうした日本の努力もあり,GATTウルグアイ・ラウンドのAD協定は幾分かの規律強化の条文が盛り込まれたが,濫用の抑制効果は限定的であった。1990年代以降,伝統的にADを利用するアメリカ,EU,カナダ,オーストラリアに加えて,貿易自由化に舵を切ったことで困難に直面した国内産業に貿易救済措置申請を奨励したインドや南米諸国などがADを頻繁に利用するようになり,世界のAD措置はさらに増大した。

 2001年にWTOのドーハ・ラウンドが始まると,AD等について話し合う「ルール交渉グループ」において,日本政府は積極的に議論に関わるとともに14カ国・地域とともに共同提案を行った。このように,国際的なAD交渉の場において,日本は濫用防止のためにAD手続きの規律強化を訴え続けてきた。このため,日本自身も言行一致となるべく厳格なAD手続きの運用を行い続けてきたのである。

 このため,2000年代までの日本のAD手続きは自縄自縛な状況にあった。20世紀末までは行使を想定していない故にAD関連の法令・ガイドラインや手続きが未整備であった。それゆえ,1990年代に行われた2つのAD申請にあっては,申請企業にとっても手間とコストがかかった上に当局の調査も長引き,挙句に申請企業には不満の残る低い課税率にとどまっていた。

 この時点ではAD申請の期待収益が申請費用より低く,AD申請は企業にとって魅力のある選択とはなれなかったのである。現に,2000年代に新規に申請されたのは2001年と2007年の2件だけであった。

 しかし,その間,申請要件のWTOのAD協定並み緩和など法令の改正とガイドラインの整備が何度も行われ,調査手続きもフォーマット化されていった。AD手続きは以前よりも迅速に調査と認定が行われるようになり,2007年に調査開始された電解二酸化マンガン事件以降は,約1年ないしそれ以上かかる調査の間に暫定税が課され,AD税率も申請者の要求に叶う水準のものが増えるなどの変化が見られた。

 このようなことから企業側からのAD課税への期待もたかまり,2014年以降は,毎年調査が行われ,課税延長も加えると1年に1件のペースでAD税賦課が決定されるようになった。政府も,輸入急増で困難をきたしている産業への貿易救済措置の活用を積極的に呼びかけている。しかしながら,世界の頻繁なAD活用と比べると,自制的な運用を堅持しているのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2381.html)

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