世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
欧州はグリーンなインフレなのか?
(関西大学商学部 教授)
2021.12.20
欧州経済は2021年第3四半期にはプラス2.2%,年率換算ではプラス9.1%という高い成長となった。現在,新型コロナに対するワクチン接種が進んだこともあり,スペインを除く多くの欧州諸国で個人消費が回復しつつあり,ロックダウンで大きく落ち込んでいたサービス業などの産業活動も回復しつつある。まずは欧州諸国での需要の改善がみられている。ただし,オミクロン株の広がりは欧州でも確認されており,今後,人流制限を伴う措置を採用する国が増えていくことは懸念材料であろう。
また懸念されるのは世界的なインフレ傾向である。需要回復による物価上昇に加え,欧州でも,たとえば半導体不足による供給への影響によりドイツでの生産に支障をきたし,供給ボトルネックによるインフレの高まりもある。11月にはユーロ圏11カ国で物価上昇率(年率,HICPベース)が4.9%,ドイツでも6%が推定されている。もっともエネルギー価格を除外したインフレ率の推定値はユーロ圏11カ国で2.5%と見積もられており,エネルギー価格の影響が大きいことがわかる。
このエネルギー価格上昇に対して,欧州では気候変動対策を原因とするグリーンフレーション論が台頭している。グリーンフレーション論によれば,脱炭素エネルギーへの転換には時間がかかり,そのトランジションを急ぐとエネルギー供給減少に伴う負の供給ショックがおき,物価が引き上げられてしまう。脱炭素エネルギーへのトランジション期では,脱炭素エネルギーによる発電量の変動が大きくなりやすく,実際,2021年,欧州では予想されるよりも脱炭素エネルギーによる発電量が落ち込んでいる。トランジション期に,その発電量の変動を抑制するには,従来の発電によるバックアップが必要だが,そのため欧州は天然ガスに対する需要が高まり,その備蓄にも積極的である。さらに,スポットでの契約の多い欧州諸国では需要増による天然ガス価格上昇が,インフレに寄与しているといえる。もともと,産業政策としての性格の強い「欧州グリーンディール戦略」ではあるが,世界に先駆けて脱炭素に向けたプラットフォーム作りをすすめている。そのため,脱炭素をすすめるスピードを緩めることはない。
欧州では,新型コロナからの回復が需要増となり成長を順調に伸ばすと期待する一方で,このようなエネルギー価格の上昇により,インフレ率を高めてきている。そのエネルギー価格上昇が一時的との見方もあるものの,脱炭素社会への移行に時間がかかることや,産油国の供給増加の見込みも薄いことを考えあわすと,22年,23年には高止まりするのではないだろうか。
また,EUは初めてのEU共通債を発行して,多額の復興基金を設けた。これによって気候変動対策でもある欧州グリーンディールや欧州デジタル化を推進することとなり,これらも需要増を促すであろう。ただし,このことによっても物価を引き上げる怖れはある。需要刺激的な総需要管理政策とエネルギー価格上昇によって,いっそうの物価の上昇も見込まれるが,この上昇が個人消費を冷え込ませるのかも気がかりである。
欧州でのインフレは一時的なものとの見解を示してきたECB(欧州中央銀行)のラガルド総裁であるが,金融市場は先行きインフレが続くものと予想している。ECBがインフレ傾向を一時的であると判断する限り,現在の非標準的金融緩和レジームを転換させるには時間がかかろうが,その姿勢がさらに欧州でのインフレ予想を高めることに拍車をかけてゆくかもしれない。グリーンフレーションが定着することは,金融緩和からの転換を迫ることになろう。ただし,一方でエネルギー価格上昇の定着は,中長期的にはエネルギー消費の節約を促す。そのことが結果として脱炭素社会への転換も早めてくれる。
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