世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2345
世界経済評論IMPACT No.2345

集中と一極化は経済発展の要諦か:そして社会主義の近代化とは

末永 茂

(エコノミスト  )

2021.11.22

計画経済の不合理性:一つの例証に過ぎないが

 今年はコロナショックに対するワクチン接種を巡る各自治体の様々な手法と,その混乱が連日報道されてきた。ようやく第5波が収まる気配を示しているが,年末年始の人流で事態はどう流動化するのか,先が見え難い社会になってきた。配給制にも近い形で国民皆接種の事業は計画経済の一つの好例そのものである。ワクチンという単品だけでも,社会的影響がかなり大きい経済活動(医療的経済だが)になってしまった訳だが,この事例をもってしても国民経済総体を計画的にコントロールするというシステムが,如何に無謀なことであるのかが証明された。これまで物資不足の状況下では経済コントロールは困難であるといわれ続けてきたが,単にそのような現象ではない。「安倍のマスク」は2億9,000万枚のうち8,300万枚(約30%)の在庫(保管費用6億円:11月現在)を半年以上も抱える有様で,物資の豊富な時期でさえ市場を経由しない経済活動は不合理であることが如実に示された。

社会主義への回帰を問い直す

 計画経済の他に,領土問題は社会主義的政治統治の根源的課題である。時代背景とそれまでの経緯によって問題の所在はかなり異なってくるのは了解できる。安逸な考察は誤解を招くため,今回は少々長くなるが原文の引用と列記に留めることにしたい。

 「第19期中央委員会第6回全体会議(6中全会)」で中国は「先富論」という鄧小平の国内不均等発展政策を転換し,「共同富裕」政策を目指すと発表した。経済的には高すぎる理想主義とも思われるが,さらに注目に値するのは「社会主義現代化国家の全面的建設」という概念である。周辺国への政治的影響は如何なるものになるのか。社会主義の近代化とは優れてマルクス・レーニン主義と毛沢東思想の継承であるから,ここで社会主義の原則について確認しておきたい。レーニンの方針を引用して改めて考えたい。

 社会主義の戦後処理は「無賠償・無併合」が原則であり,領土や周辺国に対するスタンスは明確である。レーニンは革命1か月後に『講和交渉の政綱の梗概』(旧暦1917年11月27日執筆)で「宣戦布告後に合併された土地を併合領土と見做すような,併合概念は拒否する」。「自決しようとする地域の地理的境界は,この地域および隣接地域の民主主義的に選出された代表者によって確定される」としている。また,革命政府樹立時の『講和についての報告』(10月26日)では「無併合(すなわち,他国の土地を略奪することのない,他民族を強制的に合併することのない),無賠償の即時の講和である」としている。この方針は第1次世界大戦末期に内外の情勢から強制された方針ではなかった。レーニンの社会主義理論は深く考察されている。それを裏付ける報告論文に『革命的プロレタリアートと民族自決権』(1915年10月16日)がある。ここで諸民族の自決権を認めるのは経済的な細分や小国家化を望んでいるからではなく,諸民族との接近や融合を図るためには,自決権なしには考えられないからであるとしている。そして,レーニンは「マルクスが1869年にアイルランドの分離を要求したのが,細分のためではなくて,アイルランドとイギリスのその後の自由な同盟のためであり」,それが民主主義,国際主義,社会主義の原則であると見做している。

 この無賠償・無併合のレーニン主義的原則は,周知の如くロシアとヨーロッパのその後の歴史過程で,そのまま原則通り展開されたわけではなかった。今となっては原因や理由は客観的に様々分析できるが,E. H. カーはいみじくも『危機の20年』(1939年/45年)で次のように言っている。「左翼のみが,政治的行動の原理を考え出し,政治家がめざすべき理想を展開する。しかし,左翼は,現実と密接に結びつくことによって生まれてくる実際的経験に欠けている」。「権力を握った団体が,革命の起点についての記憶が失われるにつれて,しだいに実際の立場から理論を軽視するにいたった」。「左翼の政党ないし政治家は,政権を掌握することによって現実と接触するようになると,彼らの『空想的』ユートピアニズムをすてて,右傾する。しかも,彼らはしばしば彼らの左翼の看板はあげたままであり,そのようなことをして,政治的術語の混乱を加重しているのである」としている。

 未だ純粋で理想主義者であった革命家レーニンのテーゼは鮮明である。社会主義思想は周辺国に威圧的でも抑圧的でもない。元帝国は弓矢と騎馬という機動力抜群の戦法を駆使し闇雲に領土を拡張したが,大都を建造してはみたが長期間に及ぶ安定的な国家統治は至難の業であった。軍事戦略と平時の社会統治は原理が全く逆向きである。特に周辺領土の統治は古今東西難行である。多様性の排除は統治リスクを拡大するし,単構造政体では世界は統治できない。避けられない権力の集中と柔軟な分散システムの狭間で,レーニン主義も座礁してしまったのである。中国共産党は今一度,社会主義理論の原典・原点に立ち返って,これらの諸問題を考察すべきであろう。

人類共有の社会とは如何なるシステムか

 6中全会と2022年の中国共産党大会で提起される「人類運命共同体」とは,如何なる世界秩序なのだろうか。「戦狼外交」とか「一つの中国」論の在り方について,来年までにどのような国際関係から構築できるのか,根本から考え直す必要がある。大国の周辺に位置している諸国は,ベクトルが働きやすい政治権力の膨張と常に対峙しなければならない運命に晒されている。台湾問題もその一つといえる。中国は国内統治の様々な困難を乗り越える手段としての,対外膨張戦略は控えるべきであり,これがレーニン主義や元帝国の教訓である。社会主義思想・理論と歴史過程としての現実,忌まわしき過去の凄惨な諸事件なども踏まえ,我々はこれと冷静に向き合わなければならないように思う。中国社会主義者は経済発展のみを追求する守銭奴に成り下がることなく,初期の理念を忘れてはならない。2年に渡る世界的なコロナショックは人類の諸活動に対して,冷や水を浴びせる恰好になったが,そこから何を教訓化すべきなのか。新たな世界秩序を論議する最善の時代を迎えている。

 極東に位置する国家の「新しい資本主義」は,社会主義の理念と現実のギャップ,光と影を認識した上での政策体系でなければならない。さらに,一帯一路構想が国際公共財になり得るという議論は,世界政府なき現状の国際政治下においてはフィクションにしかならない。結びとして,些末な事例で恐縮であるが,挨拶から人々の交流は始まる。最近,握手を避けるためと称して「肘鉄挨拶」が流行しているが,最敬礼の方が身体的接触はなく上品である。しかも理性と礼節に叶っている。これは世界的なコロナ蔓延の教訓ではないだろうか。我が国は高度な理論的開陳と共に,自国の美徳をもっと世界に向けてPRすべきであり,地球時間は「火遊び」等やっている暇はない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2345.html)

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