世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2239
世界経済評論IMPACT No.2239

SDGsにいたるまでのひとつのストーリー

宮川典之

(岐阜聖徳学園大学 教授)

2021.08.02

 このところSDGsを前面に押し出して広報活動に熱心な企業や組織が多くなっている。マスメディアも,SDGsを頻繁に取り上げている。この術語はもともと経済開発論のコンテクストで登場したものだ。そこで本コラムでは,この術語が使用されるようになった経緯と,その根底に流れる開発思想について論じることとする。

 SDGsは,持続可能な開発目標と訳される。文科省の新学習指導要領においても重要項目であり,こんご児童や生徒を相手にする教育現場で頻繁にあつかわれるだろう。

 開発論を専門領域とする者にとっては,SDGsより前のMDGs(ミレニアム開発目標)のほうが論点としてあつかわれるのは早かった。MDGsが2001年から2015年までに達成すべき開発目標として国連ですでに決議されていたし,それを引き継いで決議されたのがSDGsだからだ。後者は2016年から2030年までに達成されるべき開発目標とされている。

 まずMDGsが議論されるようになった背景について触れておこう。それは開発論の視点から捉えることができる。つまり20世紀末に何が起こったかを思い起こすとよい。アジア通貨・経済危機の勃発がそれだ。世紀を挟む形でロシアやブラジル,アルゼンチンへと飛び火していった。そこで犯人探しがさかんに議論され,アジア特有のクローニー・キャピタリズムの存在やヘッジファンドなどの金融派生商品の跋扈などがやり玉に挙がった。結論をいえば,後者を後押しした金融の自由化政策を内包するいわゆるワシントン・コンセンサス——市場原理主義を具体的に政策パッケージにしたもの——が批判されるにいたった。とくに世界銀行が勧めてきたSAL(構造調整型融資)がじょじょに影響力を失い,それに代わってPRSP(貧困削減戦略文書)型融資が主流になってゆく。こうした変化を主導したのが,当時の世界銀行副総裁兼チーフエコノミストを務めたスティグリッツだった。それ以降スティグリッツは,IMF批判を鮮明化することとなり,世界銀行を去った。

 MDGsとSDGsの結実化に向けて開発思想面から圧倒的影響力をおよぼしたのは,アマルティア・センの存在である。センの思想はすでに,1990年代から人間開発指数が使用されるようになったことで知られている。この指数は,一般的人びとにとって開発とはほんらい備わっているはずの潜在能力(ケイパビリティ)がさまざまな理由により発揮されないようにしている不自由の諸要素を取り除くことである,という考え方から案出された。そして教育環境,医療環境,経済的要素に絞られて指数化されたのである。センの思想はさらに21世紀を象徴する開発目標においても反映された。教育の拡充とともに,ジェンダーへの配慮も採りいれられた。SDGsに掲げられた17目標のうち第4目標と第5目標がそれだ。多くの途上国において,女性の発揮されるべき能力がジェンダー的要因により抑え込まれている。なおMDGsとSDGsのいずれにおいても,貧困削減が最大の目標であることを忘れるべきではない。その意味においては,近年の中国が7億人以上の貧困を削減できたことはひとつの功績である。

 SDGsの第10目標は経済格差の是正についてである。国際間格差(南北問題)については1950年代から認識されていたけれど,国内格差の問題が新規に追加された。その背景には,ピケティによって提示された先進国内の経済格差論がある。たとえば現在,アメリカ合衆国では社会階層間の経済格差がさまざまな社会問題を生み出し,政治問題化するにいたった。またイギリスでは,底辺層がプレカリアートと呼ばれていて,それは生活が不安定であるとともに無産階級的性質を帯びるという意味で使用される。つまりSDGsは,先進国の貧困問題も内包しているのである。

 開発目標の多くにおいて包摂的(inclusive)という術語が使用されている。これはすべての階層が政治へ参加するという意味の多元主義(pluralism)の考え方を投影した術語にほかならない。とくに目標16に,「平和で包摂的な社会」および「効果的で説明責任のある包摂的な制度の構築」が掲げられている。これらの考え方の根底には,アセモグルとロビンソンによって提示された,歴史的に植え付けられた政治制度――包摂的制度か収奪的制度化かのいずれが支配的であるか――によって一国の経路依存性は規定される傾向がある,という命題が存在しているものと考えられる。じつは多くの途上国においては,収奪的制度が一般的なのである。

 ここまで紹介したもの以外に多くの開発思想が関係しているが,まずは相対的に目新しいいくつかの着想にとどめておく。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2239.html)

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