世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2203
世界経済評論IMPACT No.2203

変化を続ける世界経済下のASEANとRCEP

清水一史

(九州大学大学院 教授)

2021.06.21

 現在,保護主義の拡大とコロナウイルスの感染拡大が,ダブルショックとなって,きわめて大きな負の影響を世界経済に与えている。貿易と投資の拡大の下で急速に成長してきたASEANと東アジア経済も,大きな負の影響を受けている。以下,世界経済の変化の下での東アジアの経済統合を振り返ってみたい。

 東アジアでは,ASEANが経済統合を牽引してきた。1967年に設立されたASEANは,東アジアで最も深化した経済統合である。1976年から域内経済協力を進め,1987年にはプラザ合意後の変化を受けて域内経済協力戦略を転換し,1992年からはASEAN自由貿易地域(AFTA)の実現を目指してきた。2003年からはAECの実現を目指し,2015年12月31日には遂にAECを創設した。そして更に新たなAECの目標(「AEC2025」)に向けて経済統合を深化させてきている。

 ASEANは,世界経済の構造変化に対応して経済統合を進めてきた。すなわち,①プラザ合意以降の変化,②冷戦構造の変化,③アジア経済危機後の変化,④世界金融危機後の変化を受けて,経済統合を推進してきた。そしてASEANは,1980年代からの投資(国際資本移動)の拡大と,1990年代からの冷戦構造の変化による領域の拡大の両方の大きな変化を受け,世界経済の構造変化の焦点となった。

 ASEANは東アジアの地域協力とFTAにおいても,中心となってきた。アジア経済危機を契機として,ASEAN+3やASEAN+6などの地域協力やASEAN+1のFTA網が,ASEANを中心として確立してきた。ただし東アジア全体の経済統合・FTAは,日本が推す東アジア包括的経済連携(CEPEA)と中国が推す東アジア自由貿易地域(EAFTA)が対抗して,進展しなかった。

 しかし2008年からの世界金融危機後の構造変化の中で,新たな展開があった。世界金融危機後に,ASEANは,東アジア域外の需要とともに,更に東アジア域内の需要に基づく成長の支援へ向かった。またアメリカは,過剰消費と金融的蓄積に基づく成長の転換が迫られ,輸出を成長の重要な手段として,世界の成長センターの東アジア市場を目指してTPPへ加盟した。

 TPPがアメリカをも加えて確立しつつある中で,2011年8月に日本と中国は共同提案を行い,CEPEAとEAFTAを区別なく進めることに合意した。それに対応してASEANは,2011年11月17日のASEAN首脳会議で,これまでのCEPEAとEAFTA,ASEAN+1のFTAの延長に,ASEANを中心とする新たな東アジアのFTAであるRCEPを提案したのである。

 2012年11月にはRCEP交渉立上げ式が開催され,2013年5月に第1回交渉が行われた。またASEANは,2015年末にAECを創設した。他方,TPPは2015年10月には大筋合意され,2016年2月には署名された。TPPの発効が,更にASEANと東アジアの経済統合に大きな影響を与えると予想された。

 しかし,世界金融危機後に保護主義が拡大し,とりわけ2017年からのトランプ政権は保護主義を大きく拡大した。2017年1月のトランプ大統領就任とともに,アメリカはTPPから離脱してしまった。TPPがASEANと東アジアの経済統合を後押しする事は困難となった。アメリカのTPP離脱を受けて,日本はアメリカ抜きのTPP11を提案し,2018年3月にCPTPPが署名され,2020年3月には発効した。

 トランプ政権のアメリカは,更に2018年7月からは第1−4弾の対中国追加関税を掛け,中国も報復関税で応酬し,米中貿易摩擦が拡大してきた。更には政治安全保障を含む米中対立が拡大してきた。そして2020年からは保護主義の拡大に加えて,コロナ感染が世界的に拡大し,それらがダブルショックとなって世界経済と東アジア経済を襲ってきた。

 このような状況下で,ASEANと東アジアは,コロナウイルスに対して地域としての対策を講じてきた。またASEANは,着実にAECを深化させてきた。ASEANは,2018年1月に全10カ国による関税撤廃を完了させ,次の目標の「AEC2025」の実現に向けて,多くの分野での統合を深化させている。

 そして2020年11月には,遂にRCEPが東アジア15カ国によって署名された。RCEPは東アジアで初のメガFTAかつ世界最大規模のFTAである。RCEPは,東アジア経済にも世界経済にも,大きな正の影響を与えるであろう。またASEANにとっては,ASEANが提案して交渉を牽引してきたメガFTAが署名された。ASEANは,従来の状況の延長に,東アジア経済統合における中心性を確保できた。RCEP署名は,日本にとっても大きな意義がある。日本にとっては,これまでFTAのなかった中国と韓国とのFTAの実現ともなる。

 RCEPの署名と発効は,現在の保護主義に対抗するであろう。CPTPPと日本EU・EPAがすでに署名・発効されており,3つ目の東アジアのメガFTAであるRCEPの署名と発効が,インパクトを持つであろう。またRCEPは,世界全体での貿易自由化と通商ルール化を支援するであろう。WTOによるそれらの機能が低下している中で,RCEPは重要な役割を担うであろう。そしてRCEPは,コロナ後の世界経済の回復を支援するであろう。

現在の世界経済の状況は,これまでの貿易と投資の拡大を続けてきた長期の世界経済の状況に逆行しつつある。きわめて厳しい現在の世界経済の状況の中で,東アジアの経済統合が,現在の状況を少しずつ逆転する契機になる事を願いたい。またその際には,日本の役割も,きわめて重要である。

[付記]本稿に関しては,Shimizu, K, (2021), The ASEAN Economic Community and the RCEP in the World Economy, Journal of Contemporary East Asia Studies, Vol.10, No.1.も参照されたい。なお,同拙論は,筆者がGuest Editorとなって編集した特集“ASEAN Economic Community(AEC)and East Asia in the Changing World Economy”の一部である。同特集は,同拙論を導入の論文として,石川論文,助川論文,福永論文,畢(BI)論文,藤田論文で構成される。この特集も参照頂ければ幸いである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2203.html)

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