世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
日本にも届いた1400ドルの米政府小切手
(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)
2021.06.14
バイデン大統領が総額1.9兆ドルのコロナ経済対策,「米国救済計画法」に署名したのが3月11日。それから1ヵ月半後の4月下旬,米国勤務の経験をもつ日本の多くの高齢者とその配偶者に額面1400ドルの米財務省小切手がそれぞれ1枚郵送されてきた。さらに,その半月後(5月19日前後),今度はバイデン大統領が署名した4月22日付の手紙が届いた。5月10日付のこのコラムNo.2146の注3で,筆者は「数年前に帰国している日本人になぜ小切手が送られてきたのが不思議だ」と書いた。その後調べてみると,いろいろなことがわかった。
小切手を受け取った人の多くは受給資格なし
1400ドルは「米国救済計画法」の目玉政策である米国民に対する現金給付である。米国政府の小切手を受け取った日本の高齢者は戸惑い,取引先の銀行には問い合わせが相次いだという。この「事件」を,朝日新聞と日本経済新聞はともに5月17日付朝刊で報じた。バイデン大統領の手紙については5月20日付の朝日新聞電子版が取り上げている。米国でもNewsweek(5月20日号)やThe National Interest(同21日号)が「1400ドルの小切手を受け取った日本人に戸惑い」と報じた。米誌の記事は日本の新聞報道を受けたものである。
なぜ日本の高齢者に1400ドルの小切手が届いたのか。それは,彼らが米国政府から社会保障年金を受け取っているからである。彼らは在米勤務中,日本の国税庁に相当する内国歳入庁(IRS, Internal Revenue Service)に所得税や社会保障税を納め,米国の社会保障庁に日本の住所などを届け出て,帰国後,米国の社会保障年金を受領している。しかし,日米間では,年金の二重加入を解消するため2005年10月1日,「社会保障に関する日米協定」が発効した。この協定によって,在米日本人勤務者は米国の年金制度に加入する義務を免除され,在米期間は日本の年金加入期間に通算されることになった。従って,現在米国から年金を受け取っている人は,主に2005年10月1日以前に米国で勤務していた人々である。
では,彼らには1400ドルの小切手を受け取る資格があるのだろうか。答えはノーであろう。IRSは1400ドルの受給資格者を,「米国救済計画法」が制定された時点における「米国市民」(US citizen),または米国に永住権と有効な社会保障番号(SSN)をもつ「米国居住外国人」(US resident alien)としている。彼らはこの条件を満たしていないため,1400ドルの小切手を換金することはできない。
なぜIRSは受け取る資格のない多くの日本人に,小切手を送ったのか。上述のNewsweekは,次のような国際税務コンサルタントの解説を掲載している。日本には2019年時点で米国の年金受給者が約7万人いる。そのうち1400ドルの小切手を受け取る資格のない者が5000人だとすれば,7万人全員に小切手を送る方が,正確なコンピュータ・プログラムの作成に時間をかけ,小切手をもらうのが遅くなったり,もらえない人が出てくるよりはずっとよい。資格のない人は小切手を返却すればよいのだから。これがIRSのロジックだ。
過去2回の現金給付も同様のことが行われた
こうした説明は我々日本人の感覚には合わないが,資格がない人が受け取ったら返せばいいというのは,いかにも米国流だ。IRSのホームページ(www.irs.gov)には次のように書かれている。①小切手を受け取る資格がない場合は,小切手の裏面にVoid(無効)と書き,簡単な返却理由を付記し,折り曲げたり,ホッチキスで止めたりせずに該当するIRS(外国で受け取った場合はテキサス州オースティン市にあるIRS)に返送すること。②受け取る資格がないのに小切手を現金化した場合は,理由を書いて自分の小切手を米国財務省宛てに振り出し,直ちに(immediately)当該IRS(上記)に送付すること(つまり,額面1400ドルの小切手で返納する)。
1400ドルはバイデン政権が行った最初の個人向け現金給付だが,トランプ政権から始まったコロナ対策のための給付を含めれば今回が3回目である。1回目は2020年3月27日制定の「コロナウイルス支援救済・経済安全保障法」(給付額は大人1人最大1200ドル,子供500ドル),2回目は2020年12月27日制定の「統合歳出法」(同600ドル,子供も同額)。前述の日経新聞の記事によると,初回の給付時も海外に住む外国人に小切手が送られたというから,今回も海外への送り方は従来の方式を踏襲したもので,バイデン政権が始めたわけではないようだ。ただし,初回も2回目も,日本人で米国の年金受給者が米国政府から小切手を受け取ったとの報道はなかったし,筆者の知人に聞いても,小切手を受け取ったのは今回が初めてだと話している。
なお,1400ドルの現金給付には,年収8万ドル未満という年収制限がある(1回目,2回目もほぼ同様)。今回小切手を受け取った知人に在米当時の年収を聞いたわけではないが,小切手を受け取った人のすべてが,年収8万ドル未満だったとはとても思えない。
筆者の日本の知人に届いた,My fellow American(わが同胞の米国民のみなさん)で始まるバイデン大統領の手紙には,1400ドル給付の経緯のほか,中小企業への支援,子供の税額控除拡大なども行われるとし,最後にこう書いている。「わが国には長く苦しい時が続きましたが,今や米国の経済は好転し,子供たちの通学も始まります。国民が一緒になれば,国としてできないことは何もないのだと私は心から信じています」。
在米の知人が受け取ったバイデン大統領の手紙も日本に来た手紙と同文で,口座振込の場合は手紙だけ,小切手の場合は小切手に同封して送られてきたという。前2回の個人給付ではトランプ大統領の例の大きな署名があったというから,バイデン大統領の手紙が最初ではない。日本では,特別定額給付金10万円の給付手続きは地方自治体に委託されたためか,あるいは日本には米国のような慣例がないためか,菅内閣総理大臣の手紙が国民に届けられることはなかった。
日本の10万円支給は2020年4月20日に閣議決定され,同年4月27日に住民基本台帳に記載されている者を対象に支給手続きが開始された。「迅速かつ的確に給付金をお届けする」という総務省の方針のもと,10万円を受け取った人の割合は,2ヵ月後の7月1日で76.8%,3ヵ月後の8月7日で98.2%であった(%は2021年3月末の支給総額12.67兆円比,データは総務省)。一方,人口が日本より2億人多く,国土面積が25倍も広く,かつ住民登録制度のない米国の支給率は,法律制定から2ヵ月で9割超となった。
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