世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2138
世界経済評論IMPACT No.2138

インドのコロナ第2波急拡大の衝撃と教訓:対策や気の緩みと変異ウィルスに警戒を

山崎恭平

(東北文化学園大学 名誉教授)

2021.05.10

 新型コロナウィルスのパンデミックで人口大国のインドは,欧米や日本が3次,4次感染拡大に見舞われる中で,今年に入ってからも第1波感染拡大の収束が続いていた。一部にはこのまま収束に向かうとの楽観論が見られ始めた3月から第1波を上回る感染拡大が進み,4月半ば以降第1波のピーク時を大きく上回る感染者や死亡者が増え医療提供体制が逼迫,首都や大都市圏で医療崩壊が懸念される厳しい第2波の感染急拡大に見舞われている。

 インドの感染者数は昨年9月半ば日に10万人近くのピークに達して以降下落し,今年2月末までは連日1万人台が続いていた。それが3月以降増勢に転じ,3月10日に2万人を上回ると4月に入り6日に10万人,15日に20万人,21日に30万人,30日に40万人を超える急増が続く。死亡者も1,000人未満から4,000人に近付いており,死亡率はまだ1%台を持続しているものの98%にまで高まった回復率は80%台に低下。政府は対策に胸を張り,WHOを初め国際的に一定の評価を得たインドのパンデミック対策はどうなったのか。

 第2波の到来にモディ首相は嵐が来たとショックを隠せないが,感染者や死者の減少傾向とワクチン接種の開始からマスク着用や「密」の回避がおろそかになり国民の気の緩みがあったとし,規制の強化に加えて改めて行動制約の順守を国民に求めている。また,宗教的な祭りや集団的行事,州政府での選挙集会や人気の国際クリケット試合等人々が密になる集まりが増えたとの反省もある。これに加えて,因果関係は科学的にまだ明らかではないが,インド型の変異ウィルスの影響が心配されている。

 変異ウィルスは英国,南ア,ブラジルで発見されたものに加え,二重,三重変異型がインドで発見され,特に後者は伝染力が強く子供や若者の感染や重症化に影響力を持っているようだ。第2波の感染急増にはこの変異ウィルスの感染拡大が大きいとされ,本格化しているワクチン接種の先行きにも不安要因となっている。すなわち,変異ウィルスはウィルスの増殖を抑制するワクチンの中和作用を妨げ,ワクチンが効きにくくなると懸念されている。

 インドのワクチン接種は1月16日から医療従事者から開始され,3月からは高齢者や45歳以上の基礎疾患者向けの接種が行われ,8月末までに3億人への接種が見込まれた。また最近の若者の感染拡大を受け5月からは成人の18歳以上も対象にされ6億人が接種される運びから,ワクチン不足が心配されるようになった。そうなると,80カ国以上に無償協力や輸出されて来た海外向けが後回しになり,また外国からワクチンの輸入も検討され始めており,世界全体,特に途上国向けのワクチン供給が影響を受けると懸念される。例えば,アフリカ諸国の接種遅れにはインドの輸出制限が響いていると伝えられている。

 インド政府は,国内のワクチン不足や世界的な需要拡大に向けて,国内生産の増産を急ぐ。Bharat Biotech社のCovaxinは年7億回分に増産し,またCovishieldを生産するSerum Institute of India社は原料の輸入を図っている。このほか,Dr.Reddy’s社がロシア産のSputnik Vワクチンを生産し,Zydus Cadila’s社や外資のJhonson&Jhonson,Novavax,Pfizer/BionTech各社の現地生産計画も伝えられている。インドはワクチン類の世界最大の生産国であるが,新型コロナウィルスのワクチンでは増産が図られる見込みである。

 第2波の感染急拡大で,不足する医療用酸素や治療薬Remdesivir等の増産も図られる。また,酸素は生産能力に問題がないものの,生産地から消費地への流通が順調でない課題もあり,産業用から医療用への転用やインド軍の輸送協力,病院建設や機材提供も話題になっている。国際的な支援ではWHOが全面的な協力を表明し,主要国では米国が電話首脳会談で酸素やワクチン原料を緊急支援すると約したほか,英独仏等欧州諸国や豪州,日本,カナダ,中国,ロシア,パキスタン等約40カ国が相次いでインドの緊急事態に協力を申し出ている。

 国際緊急協力の背景には,インドの第2波感染急拡大の衝撃と世界への影響の懸念があろう。すなわち,人口大国でワクチン生産大国のインドの感染急拡大は,インドだけでなく世界中に影響を及ぼしかねないし,新型コロナウィルスの伝染力はまだ極めて強いことが明らかになった。特に,変異ウィルスの増殖もあって対策の緩和や国民の気の緩みで警戒を怠ると,即座に感染拡大に見舞われるリスクが大きい。WHOは,スペイン風邪等の感染症から学び第1次感染を抑え込んだインドの第2波急拡大について,世界中で起こりうる「油断大敵」の警鐘と改めて注意を呼び掛けている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2138.html)

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