世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中国のいわゆる「ワクチン外交」をどう捉えるか
(名古屋外国語大学 教授)
2021.04.26
インドネシアのジョコ大統領,ウルグアイのラカジェ大統領,コモロのアザリ大統領,ジンバブエのムナンガグワ大統領,セルビアのブチッチ大統領,チリのピニェラ大統領,トルコのエルドアン大統領,パキスタンのアルビ大統領,ハンガリーのヤーノシュ大統領,ペルーのサガスティ大統領。これらの国家元首の共通点をご存じだろうか。それは中国製の新型コロナウイルス(以下,新型コロナ)ワクチンを接種したことである。
中国は新型コロナの感染拡大期に,マスクなどの医療物資の輸出を通じて,国際社会における影響力の拡大を狙う動きを示し,「マスク外交」と揶揄された。これに続き,中国は現在,自力でワクチン確保が困難な開発途上国を主な対象として,自国産のワクチンの提供を積極的に提案する,いわゆる「ワクチン外交」を展開している。
中国の政策動向について概観すると,新型コロナの感染が拡大し始めた頃からいち早くワクチン開発に着手している。2020年1月21日には,科学技術部が新型コロナ共同予防・抑制メカニズムの科学研究難関攻略グループ第1回会合を開催。同会合では,①ウイルス遡源,②感染波及ルート,③動物モデル確立,④感染と発病のメカニズム,⑤免疫学的スピード検査方法,⑥ゲノムの変異と進化,⑦重症患者の最適治療プラン,⑧防御抗体緊急開発,⑨ワクチンのスピード開発,⑩中医薬予防・治療の10分野を重点に手配することが決定した。
1月26日には,李克強首相が新型コロナ感染対策工作指導グループ会議を主宰し,ワクチンの研究開発で早期にブレークスルーを目指すことを決定。その後,李首相は2月5日,国務院常務会議を主宰。会議で感染予防・抑制に対するこれまでの各方面の措置を踏まえ,医薬品とワクチンの研究開発に対する支援に力を入れる方針を示した。
中国における新型コロナの感染拡大が収束の兆しを見せ始めた2月23日には,習近平国家主席の主宰により,「新型コロナの予防・抑制と経済社会発展の統一推進会議」が北京で開催された。同会議において,習主席は「多くの学問分野の力を総合して研究を進め,医薬品とワクチンの研究開発に力を入れ,有効な診療プランを適時に総括して普及させる」と強調した。
この頃から,海外では新型コロナの感染拡大傾向が鮮明になる。こうした中,中国はワクチンを外交における戦略物資と位置付けるような動きを示し始めた。李首相は2月27日,新型コロナ感染対策工作指導グループの会議を招集。世界保健機関(WHO)などとの協力を強化し,感染予防・抑制の情報と方法を共有し,治療薬やワクチンの研究開発などの国際協力に参加することを提起した。
国際協力のツールとしてもワクチン開発を戦略的に推進するという流れを加速させたのが,2020年5月22日~28日に開催された全国人民代表大会(全人代,国会に相当)だ。李克強首相は閉幕日の記者会見において「我々は感染の拡大を抑え,ワクチン,有効な医薬品,検査試薬キットの研究開発を急がなければならず,これは人類がこのウイルスに打ち勝つための強力な武器となるだろう。我々としても国際協力を進める用意がある。これらの製品は世界の公共財であり,我々はこれらを共有し,最終的に人類がウイルスという敵に共同で打ち勝つことを願っている」と述べた。
ワクチン開発に関わる中国の製薬企業の動きについて概観すると,新型コロナの感染が拡大し始めた2020年1月頃から,大手国有製薬企業である「シノファーム(中国医薬集団)」とバイオ製薬企業の「シノバック・バイオテック(科興控股生物技術)」の2社を中心にワクチン開発に着手しており,3段階の臨床試験を経て,シノファームは2020年12月31日,シノバックは2021年2月5日,不活化ワクチンの一般向け使用を条件付きで承認された。また,2月25日には,医薬品企業の「カンシノ・バイオロジクス(康希諾生物)」が開発したウイルスベクターワクチンとシノファーム中国生物武漢生物制品研究所が開発した不活化ワクチンも条件付きで承認。3月16日には,中国科学院微生物研究所と安徽智飛竜科馬生物製薬が共同開発した遺伝子組み換えワクチンも緊急使用が承認された。
ワクチン開発と並行して,習主席が2020年3月26日の新型コロナG20特別サミット,5月18日のWHO第73回年次総会,9月22日の国連総会,11月20日のアジア太平洋経済協力(APEC)第27回非公式首脳会議,2021年1月25日の世界経済フォーラム(WEF)のオンライン会合「ダボス・アジェンダ」など,一連の国際会議において「開発に成功した場合,中国は世界の公共財として,開発途上国を優先にワクチンを提供する意向」を表明するなど,中国はワクチン外交を活発化させている。
中国製ワクチンの有効性の低さを指摘する向きはあるものの,開発途上国にとっては,欧米製ワクチンに比較して安価なことや,超低温でなく,通常の冷蔵温度で輸送・保存が可能なことから,中国製ワクチンを調達するインセンティブが高まっており,提供を受ける国も増加傾向にある。実際,外交部によれば,2021年2月1日現在,中国はパキスタンを皮切りに14ヵ国の開発途上国に対してワクチン援助を進めているほか,次の段階として,ワクチンを必要とする38ヵ国の開発途上国に援助するとしている。加えて,中国は2020年10月8日に正式参加したWHO主導の「COVAXファシリティー」を通じて1,000万回分のワクチンを開発途上国に提供することも公表している。
中国は新型コロナの感染拡大を早期に収束させたことで,世界に先駆けて経済が回復しつつあり,2020年の実質国内総生産(GDP)成長率は2.3%増と主要国の中では唯一プラス成長を達成。2021年第1四半期(1~3月)の成長率は,前年同期比18.3%増と,過去最高の伸びとなった。
こうした中,中国はワクチンの戦略的な活用を通じて,外交面でも国際社会におけるプレゼンスをさらに拡大させていくことが予想される。中国の動向に対しては,「地政学的な影響力拡大という政治目標の追求にワクチンを利用している」と批判する向きもある。しかし,国によって程度の差はあるものの,対外援助の背景には国益を踏まえた戦略的意図があることは論を俟たない。
翻って日本の現状を見れば,本来は製薬国としてワクチンを供給する側に立つべきであったし,そうした緊急時の支援に対する期待に応えてこそ,平時の関係も強化されるのではないか。外務省も政府開発援助(ODA)の目的・意義について「開発協力を通じて途上国の発展を手助けし,地球全体の問題解決に努める日本に対して,世界各国から寄せられる期待は少なくない。このような期待に積極的に応えていくことは,国際社会における日本の信頼を培い,存在感を高めることになる」との見解を示している。
日本は「課題先進国」として,環境・省エネルギー問題を始めとするさまざまな政策課題を解決してきた経験がある。そして,中国も日本の経験を参考に自国が抱える課題の改善に務めてきたことも事実である。他方,新型コロナはデジタル化やワクチン開発への対応の遅れなど,日本が抱えるさまざまな新たな課題を顕在化させた。ポストコロナ期に向けては,こうした課題を検証し,課題先進国としての捲土重来の糧とすることが重要ではないかと考える。
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