世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
諸外国と日本の温室効果ガス・実質ゼロへの戦略
(エアノス・ジャパン 代表取締役)
2021.04.26
殆どの諸外国はすでに2050年の「温室効果ガス・実質ゼロ」を宣言している。そして主要先進国は,これからのエネルギーを「水素」に照準を当てて研究開発をしている。
アメリカ
トランプは「パリ協定」から脱退すると言っているが,政府は2050年に80%の削減計画を作っている。二酸化炭素以外の排出基準を設定し,農業の革新によりメタンやN2Oの削減を進めている。バイデンが大統領になったら,4年間で2兆ドルの規模の環境インフラ投資をし,2035年までに二酸化炭素を排出しない電力業界を実現すると言っている。大学や国の研究所では新しいエネルギー,発電技術や新しい電池技術の研究開発を進めている。これは環境問題の解決だけではなく,これを通じて「グレーター・アメリカ」を実現するとしている。そしてアメリカ全土をカバーする継続的な大気質の定量分析システムを開発している。アル・ゴアは大型投資会社をつくり,地球温暖化対策技術や企業に投資している。
中国
中国は,世界の二酸化炭素排出の30%以上を占めるが,発展途上国であるからという理由で「温室効果ガス・ゼロ」には反対して生きた。しかし2020年9月22日の国連総会演説で習近平は「二酸化炭素排出量を2030年までに減少に転じさせ,2060年までにCO2排出量と吸収量を差し引きゼロにするカーボンニュートラルを目指す」と表明した。これを2060年にゼロにするということは大変な挑戦である。
その理由の一つは,中国は太陽光発電機器の生産を拡大してきて,これがビジネスになるし,環境を改善する技術であると確信したからである。そして自動車,オートバイのEV化を加速させている。原子力発電の増設も進める。習近平は同時に食品ロスをなくそうと訴え,温室効果ガス・実質ゼロを「国民運動」にしようとしている。中国はこのエネルギー分野へ138兆元(2140兆円)を投資する。
フランス
フランスは2018年「水素戦略」を発表した。1990年比で排出量を2050年に75%削減する計画を策定している。年間1億ユーロを水素振興に投資する。9月に「国家水素戦略」を発表して,2030年までに20憶ユーロを投資する。65百万ユーロの水素技術の研究投資,水素分野で15万人の雇用をつくる。2030年までに水電解装置によるグリーン水素製造西設備の開発,カーボンフリー航空機の開発,産業及びモビリティ分野の水素利用,水素電池,水素貯蔵を確立する。
イギリス
1990年比で2050年に排出量を80%削減する。天然ガスからの水素製造,バイオマスからの水素製造,水電解,電気自動車の充電ステーション,水素製造インフラの構築を計画している。水素燃料による無人飛行機プロジェクトを推進する。
ドイツ
1990年比で2050年までに排出量を95%削減する。全ての関係者に必要な方向性を示す長期的な気候変動対策の基本方針を策定する。そのために科学的基礎情報を得るために研究機関・シンクタンクを動員する。これをドイツの安全保障政策を関連させる。アフリカなどへ投資し水素ガスを製造させる。ドイツの水素戦略2020年6月に環境対策を中心に500憶ユーロの投資をすると決めた。グリーン水素振興のファンディングとして,国内に70億ユーロ,国際協力向けに20億ユーロを投資する。
EU本部
7月に「水素戦略」を発表した。2030年までに投資として,水電解設備に420憶ユーロ,CCS設置に110憶ユーロ,水素輸送に650憶ユーロを計画している。2050年までにEUのエネルギーミックスにおいて水素のシェアを現在の2%から14%に拡大する。
日本の挑戦すべき水素技術と新産業
世界が挑戦している「温室化ガス・実質ゼロ」を実現するには,現在の技術では十分ではなく,イノベーションにより新しい技術を開発する必要がある。
つぎのような新しい技術を開発しなければならない。
- (a)現在の発電効率の10倍の性能をもつ太陽光発電,風力発電
- (b)新しい水素発電技術
- (c)燃料電池技術
- (d)新しい電池技術(弱点をもつリチュームイオンイオン電池ではなく,「キャパシタ電池技術」か「空気電池技術」を開発しなければならない)
- (e)パワーツーガス(P2G)(貯蔵・輸送可能なエネルギーへ転換)
- (f)無線給電技術
- (g)電力取引のブロックチェーン技術
- (h)大気モニターシステム(トリリオン・センサー・ネットワーク)
- (i)オンサイト水素生成技術(水から直接水素ガスを効率よく生成する新しい技術を開発しなくてはならない。「化学水素製造技術」,「熱化学水素製造技術」あるいは「フェントン反応」技術などにより,オンサイトで水素ガスを生成する技術である。フランスのErgosup社や日本のベンチュアーがこれに挑戦している)
- (j)これらの技術・装置に必要な先端ナノマテリアル,先端ナノテクノロジ,超高純度金属などの開発
このようなこれからの新しい技術と産業を開発してその分野で日本が世界をリードしなければならない。日本は,新しい技術,プロジェクトにはいち早く取り組むが,その技術の実際の産業化にはあまり成功していなかった。成功するには,国家戦略として,世界市場を対象にした技術・商品として開発を進めなければならない。
日本がやるべきこと
⑴非正規社員制度を撤廃する。日本の勤労者の40%の2000万人が非正規社員で,国民を2分したこの制度は,賃金を下げ,国民を貧困化させ,国民・社員のモチベーションを下げ,産業の衰退をもたらし,日本経済の内需を縮小させ,デフレにしている。これを改革する。
⑵国立大学の独立行政法人制度を撤廃する。大学への運営給付金を元に戻し,イノベーションを促進するために更に増額し,大学の研究開発環境を世界一良いものにする。これによりメガ・イノベーションを興す。「科学」と「技術」を峻別し。大学では大型の科学の探究という基礎研究をさせる。そのために資金と人材を豊富に投入しなければならない。
⑶先端科学開発国立研究センターを創設する。これからの世界は先端技術の開発競争になり,低炭素社会にはこれまでにない新しい技術,新しい産業を開発しなければならない。そのための基礎研究開発の母体とする。
⑷国立シンクタンクの創設。国際情勢は更に複雑になり,日本がその中で生き抜くための道を示すための調査・企画をする。
⑸環境エネルギー庁の設立。これが主体となりグリーン社会をどう実現するかの「基本総合計画」とその「エンフォースメント力を持った戦略実行計画」を策定する。
21世紀の新しい時代の始まり
資本主義経済の活動は60年から70年周期のコンドラティフの波という循環があると言われている。資本主義経済の活動の中で「生産と消費の乖離」,「経済活動と資本の乖離」で矛盾が堆積し,それが限界に来ると大恐慌という大調整が起こる。その調整が終わるとまたイノベーションで新しい技術,新しい産業,新しい経済活動が生まれ資本主義社会は発展する。しかしそれが進むとまた生産と消費の乖離,生産活動と資本の乖離が起きて,崩壊するという循環が続く。現在世界はその循環の最後の崩壊と大調整の段階にある。つまりこの30年間のグローバル化によりその「乖離」が大きくなり,それにコロナパンデミックが重なり,崩壊のプロセスに入っている。この崩壊と大調整が終わると,新しい循環が始まる。「温室効果ガス・実質ゼロ」という課題を解決するための「メガ・イノベーション」が起こる。ガソリン自動車産業,化石燃料機器産業などが退場し,新しいエネルギー産業,水素燃料電池自動車産業,新しい農業・食品産業,新しい健康産業,エネルギー・ディストリビューション・インフラ産業,水素燃料電池航空タクシー産業,水素エネルギー航空機産業,スマートハウス,スマートオフィス,スマートシティなどの新しい産業が生まれる。このイノベーションにより「新しいデジタル・スマート社会」が出来上がる。日本は,このメガ・イノベーションを推し進め,再びいろいろの産業,技術において世界のリーダーにならなければならない。
- 筆 者 :三輪晴治
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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