世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2028
世界経済評論IMPACT No.2028

ラテンアメリカの「大国」たち

小浜裕久

(静岡県立大学 名誉教授)

2021.01.25

 コロナは依然終息が見通せず世界中が将来への不安に悩まされている。だが待てよ,一つだけいいことあった。一年くらい前までは「トランプ再選ですね」という人が多かった。

 日本の首相は,1月18日,議会の演説で国民の希望を実現したいと述べた。でも,コロナ感染症で入院したくてもできず,一人で高齢者が死んでいたというニュースには,もう驚かない。彼らの「希望」は実現されなかった。コロナ感染者が入院を拒否したら懲役・罰金を科すという法律を議会に出すらしい。いまの政権は,脅かして言うことを聞かせるのが好きらしい。インタビューで事前に予定されていなかった嫌な質問をしたニュースキャスターを交代させろと官邸はNHKに圧力をかけたと言われている(10月26日の「ニュースウオッチ9」)。

 ラテンアメリカは遠い。物理的な距離も遠いし,情報距離も遠い。中南米によく行くようになったのは1980年頃からだ。当時は,ヴァリグ・ブラジル航空がリオ,サンパウロへ直行便を飛ばしていた(直行便といっても,ロサンジェルスで給油)。それでもブエノスアイレスに行くには,リオかサンパウロで乗り換えて,もう一回ヨッコラショと行かなくてはならなかった。でもエセイサからブエノスアイレスの町に向かって車で走ると,道の両側の草原では,あちらこちらで肉を焼く煙が立っていて,ピクニックを楽しんでいる人たちが沢山いた。ああアルゼンチンに来たなあと,一種の懐かしさを感じたものだ。

 日本の新聞雑誌にはあまりラテンアメリカの記事は載らない。ラテンアメリカ経済の記事で最近見たのは,「財政出動圧力,南米で高まる「双子の赤字」拡大が不可避」という先月10日の日経の記事くらいだ。11月25日にディエゴ・マラドーナが死んで,1986年メキシコで開かれたワールドカップのビデオが日本のテレビでも流れていたし,新聞でも大きく報道されていた。1986年メキシコ・ワールドカップの時,筆者はブエノスアイレスにいて,ホテルの部屋でメキシコ・ワールドカップをテレビで見ていた。ホテル近くの住人たちも間違いなくテレビを見ていて,アルゼンチンが点を入れると,太鼓を叩いて大騒ぎ。翌日,アルゼンチン・サッカーチームは凱旋帰国し,ブエノスアイレスにあるヌエベデフーリオ(7月9日通り)という,片側7車線だか10車線の道は凱旋パレードで人人人であった。景気のいいときにブエノスアイレスに行って7月9日通りを車で走ると,明るく,なあるほど「南米のパリ」か,と思うが,経済危機の時に7月9日通りを車で走ると,薄暗い大通りで気分まで滅入った。

 「大国」をきちんと定義するのは難しい。人口だろうか国土面積だろうか,経済規模だろうか。資源大国という言葉もある。人口だと,ブラジルは2億人を超えているしメキシコも日本と同じくらいの人口だ。ずっと下がってアルゼンチンが4500万人くらい。GDPで見てもこの順だが,国土面積だとブラジル,アルゼンチン,メキシコの順になる。

 ブエノスアイレスにあるテアトロ・コロンは世界三大劇場の一つだ。コロン劇場で,ロリン・マゼール指揮のウィーンフィルを聴いたこともある。アルゼンチンは、100年前の先進国が立ち止まったままの国なのだろうか。退行したのだろうか。ブラジルやアルゼンチンと,韓国やシンガポールを比べると、天然資源の豊富さでは比較にならない。でもブラジル経済やアルゼンチン経済の方が元気だとは限らない。政治が不安定と言っても、ベネズエラやペルーなどは,アジア政治の不安定さとは次元が違うように思う。11月ペルーでは1週間に3人の大統領が就任している。

 かれこれ50年くらい,経済発展や開発政策について勉強してきた。日本の長い経済発展についても分からないことはいくつもある。商売柄,世界中いろんな国に調査に出かけたけれど,一番分からないのはアルゼンチン経済だ。1985年以来,何度もアルゼンチンに行って,いろいろ書いてもきたけれど,勉強不足なのだろう,アルゼンチンの経済,アルゼンチンの経済政策は分からないことが多い。アルゼンチンの経済政策は,外国から借金してそれをいかに返さないか,あるいはいかに値切るかに頭を使うことなのだろうか。「貧すれば鈍する」という言葉があるが,逆に,アルゼンチンやブラジルのように豊かな天然資源に恵まれると政治の質,政治家の質は駄目になるのだろうか。

 政治家の質は有権者の質に比例すると思う。戦後日本の高度成長が始まった頃,日本は貧しかった。例えば1960年のアメリカの所得は日本の6倍以上だった。でも政治家たちは,スピリットを持ち,はっきりした政策哲学・政策目標を持っていたと思う。政治家が権力を志向するのは当然だ。でも,それは自分の考える政策目標を実現させるために必要だからだ。権力を手中にすること,それを維持することが自己目的化した首相や大統領の国は滅びるだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2028.html)

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