世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ロシア周辺で騒乱が相次ぐ理由
(丸紅経済研究所 経済調査チーム長 チーフエコノミスト)
2020.10.19
ロシア人にとって誕生日は特別な日だ。10月7日に68歳の誕生日を迎えたプーチン大統領も例年通り旧ソ連各国の首脳から電話で祝福を受けた。しかしその電話でプーチン大統領は各国首脳とナゴルノ・カラバフやキルギスの問題も議論するなど,今年は例年とは違う重苦しい誕生日となったようだ。
ロシア周辺で相次ぐ一連の騒乱の共通点を挙げるとすれば,いずれの国でもロシアに対する敵意がみえないことだろう。言い方を変えれば,かつてジョージアやウクライナでみられた「東か西か」という外交的争点が,現在の一連の騒乱にはみえないのである。ロシアに対する敵意がみえない以上,ロシアが強引な手段に訴える理由はなく,また下手に手を出して敵意を生み出すべきでもない。こういう特殊性がロシアをあたかも傍観者とし,多くの人々の目には「ロシアの弱体化」と映るのかもしれない(そうみられること自体がロシアにとってはリスクであり,騒乱を激しくさせる点には留意したい)。因みに似た現象はかつてアルメニアでもみられた。2018年に同国ではジャーナリスト出身のリベラルなパシニャン首相が就任し,ロシア離れが噂された。しかしアルメニアは歴史的に敵対するトルコがNATO加盟国であるため,安全保障ではロシアに依存せざるを得ない。この構造を熟知するロシアはアルメニアを放任し続けているが,アルメニアはロシア主導の集団安全保障条約やユーラシア経済連合にとどまっている。
以上の理由から,筆者は「ロシアが一連の騒乱を直ちに制御できないこと=ロシアの弱体化」とは考えない。
しかし騒乱発生の原因を考えると見方は変わってくる。一連の騒乱でコロナショックが「最後の一押し」になった点は認める。しかしコロナショックに見舞われた世界のその他多くの国で平穏が維持されていることを考えると,根本的原因はコロナショック以外にありそうだ。筆者はロシア周辺で立て続けに騒乱が起こる最大の理由は「ロシアおよびそれに依存する旧ソ連諸国経済の長期低迷」だとみている。
騒乱の背景をキーワードで示すなら,ベラルーシは「景気悪化」だ。同国のルカシェンコ大統領が就任した1994年から2013年までの同国の実質GDP成長率平均は+4.6%と比較的高かった。そしてこれが同大統領の長期政権の「正統性」でもあったわけだが,2014年に起こったクリミア危機や油価下落でロシア経済が低迷すると,それに依存するベラルーシ経済も悪化し,14~19年の実質GDP成長率平均は僅か+0.4%まで落ち込んだ。その結果,ルカシェンコ大統領の「正統性」が失われたというのが真相だろう。
アゼルバイジャン・アルメニア間の騒乱のキーワードは「トルコ」だ。騒乱の原因となっているナゴルノ・カラバフはアルメニアが実効支配しており,現状を維持したいアルメニアが先に手を出すとは考えづらい。一方,アゼルバイジャンは2014年以降の油価下落で景気が悪化していた(実質GDP成長率平均は08~13年平均が+5.2%に対し14~19年平均は+0.8%)。アゼルバイジャン国民にも不満が溜まっていたはずで,そのガス抜きをしたい同国のアリエフ大統領と,近年膨張主義が目立つトルコのエルドアン大統領の利害が一致したようにみえる。
キルギス騒乱のキーワードは「部族間対立」だ。キルギスのみならず,中央アジアでは部族がアイデンティティの拠り所となっている国が依然多い。キルギスの場合,構図を単純化すると「南北対立」だ。同国では南北の政治勢力が均衡を保つことで安定が維持されてきたが,10月の議会選挙で南が勝ち過ぎたことが騒乱のきっかけとなった。因みに同国では過去15年間に同様の騒乱が今回も含めると3回も起こっている。
このように少なくともベラルーシ・アゼルバイジャン・アルメニアでの騒乱の背後には経済低迷がある。旧ソ連12カ国それぞれの08~13年と14~19年の実質GDP成長率平均を比較すると(クリミア危機で情勢が一変した14年を経済の分岐点とした),その間に最も経済が悪化したのがアゼルバイジャン(悪化幅は▲4.4%),次がベラルーシ(同▲4.0%)なのだ。
問題は化石エネルギーに依存するロシア経済と,それに依存する旧ソ連諸国という構造にある。先日ロシアを訪問したベラルーシのルカシェンコ大統領は,自分がデモに屈することはプーチン大統領にとって危険な前例を作ることになる,という論理でロシア政府の支持を取り付けようとしたという。旧ソ連諸国は一蓮托生というわけだ。因みに旧ソ連諸国12カ国のGDPに占めるロシア経済の割合は73%(2019年現在)と,経済的には「旧ソ連≒ロシア」なのだ。
10月11日のタジキスタン大統領選挙に続き,10月31日にはジョージア議会選挙,11月1日にはモルドバ大統領選挙,2021年1月21日(まで)にはカザフスタン議会選挙,と旧ソ連諸国は政治の季節に突入する。しかし,もし筆者がプーチン大統領と話す機会があるなら伝えたい。「ウラジーミル・ウラジーミロビッチ,問題は経済です」と。
関連記事
榎本裕洋
-
[No.3364 2024.04.08 ]
-
[No.3229 2023.12.25 ]
-
[No.3030 2023.07.17 ]
最新のコラム
-
New! [No.3581 2024.09.30 ]
-
New! [No.3580 2024.09.30 ]
-
New! [No.3579 2024.09.30 ]
-
New! [No.3578 2024.09.30 ]
-
New! [No.3577 2024.09.30 ]