世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1901
世界経済評論IMPACT No.1901

コロナ禍で迎えた,戦後75年という時間軸の読み方

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2020.09.28

 本来なら今年は,東京オリンピックで沸き立っていたはず。それが現実には,突然のコロナ禍で,経済活動はかつてないほど落ち込み,それ故,目下,官民を挙げて経済活動再開努力の真最中。だが,その際,旧に復することだけを目指すのでは不十分。そこには,日本の歴史という尺度で見た,長期,且つ根本的な視点が欠かせないように思われる。

 日本の敗戦(当時の人口7200万人:以下同じ)から,今年は75年目(現人口1億2500万人)となる。この間,経済・社会のメカニズムを創り上げ,担ってきたのは,敗戦時の大人たち,その子供たる団塊世代,更には団塊世代の子供たる団塊ジュニアの人たちだろう。そして,現在は,これまで主役を張った,そうした人たちが一斉に引退し,団塊ジュニアの子供たちが新たに社会活動を担う局面であり,そんな時に丁度,コロナ禍で,昭和後半の飛躍期から平成の停滞期に移行した日本経済が内包していた様々な不都合(制度疲弊や新しい事態への対応能力不足など)が,今,一気に顕在化してきてしまっているのだ。

 少し極端な譬えになるが,戦後建設された当時最新のマンションも,経年劣化には勝てず,建て直しを余儀なくされるに至っている。しかし,マンション管理組合の修繕積立金は,何度かの大規模修繕で使い果たされ,帳簿にはカネが残っていない。そんな状態で,どうして,改めての新築など出来るのだ。それが現在の日本の実情というもの。現在の日本の財政赤字などを勘案すれば,そんな比喩も理解してもらえるのではあるまいか。要するに,75年前後という数字は,一つの時代制度の,ある意味,耐用年数を表している,というわけだ。

 日本の近代の歴史を概観すると,この75年前後という数字,結構,社会変化の筋目として,有効な区切りの年数と思えてくる。

 具体的には,敗戦の約75年前,日本で何が起こっていたか。答えは明治維新(1868年:人口は3500万人)。ではその前の75年前後を観てみると,松平定信の寬政の改革着手(1787年:3500万人)が思い浮かぶ。直前の田沼意次の商業主義指向の改革を潰した,倹約に向けた定信の改革は,今でいう,守旧派の改革だった。

 さらに約75年前となると,8代将軍徳川吉宗の享保の改革着手(1716年:3100万人)。これ亦,質素倹約指向の改革だ。その75年前後前は3代将軍家光の施政晩年期(1640年後半:1200万人),徳川時代の最盛期とも位置づけられる。そしてその亦75年程前には,織田信長が安土城を構築している(1576年:1200万人)。

 ここで若干補足が必要になると思われるのは,最後に記した織田信長から徳川家光までの時代だろう。この期間の人口伸び率はほぼゼロである。もちろん,この期間の人口推計で,権威あるものは存在しないが…。

 信長の天下布武や秀吉の天下統一は,裏から見れば戦の連続だった。さらに,天下を統一してからの秀吉は,朝鮮にも出兵している。故に,安土桃山時代,雰囲気としては絢爛豪華だが,人口は恐らく,減少していた。それが,家康の天下掌握で,漸く戦もなくなり,世相も安定し,農業生産力も上昇し始めるのだが,日本の人口が信長の安土城建設時の1200万人を回復するのは,漸く,徳川家光の治政になってからのこと,と推察されるのだ。

 その後,徳川治政の前半期を通じ,人口は猶も増加し続けるが,治政の後半期には,身分秩序が固定化し,農民は土地に縛りつけられ,経済生産性も伸びず,人口も横ばい,もしくは,減少し続けた。

 こうした歴史通観の教訓は,戦火の中,下剋上で社会各階層が流動化していた処,全国統一で,社会が安定化の方向に動き始め,農業生産力や人口も急増する。しかし,そうした状況も,社会秩序が逆に固定化し始めると,人口が減少に転じる。そうなると,打開のため,経済・社会改革が指向されるが,問題は,その方向性。田沼改革が潰され,松平定信が倹約指向の方向での改革を打ち出しても,経済的な成果は上がらず,結局,人口も減り続ける。それが明治維新や敗戦で,社会全体のリシャッフルが起これば,社会の生産力構造が激変,経済は活性化され,人口も激増する。教訓の核は,恐らくは時代状況とともに変わる,そんな社会の上部構造と下部構造の恒等関係ではないだろうか。

 平成から令和にかけ,日本の人口は減少に転じている。直近の予測によると,日本の人口は,経済成長率がこのままだと,2065年には8600万人にまで減少する由(国立社会保障・人口問題研究所)。

 だとすると,人口減を幾分なりと少なくしようとすると,どうしても社会各層の流動化を促し,経済構造を変動させて,経済成長率の引き上げに結び付ける,そんな構造改革型の政策努力が必要になるのだろう。だから,恐らく,新政権はこれから,前政権の路線継承だけでは済まず,抜本的な構造改革の方向に歩を進めざるをえなくなるだろうが,その際には,何十年か先の,日本の人口が9000万人台に縮小するという,そんな人口予想を土台に据えた,現実的な将来ビジョンを描くことから始めるべきではなかろうか。

 人口が大幅に減る。つまり,団塊世代や団塊ジュニア世代が去った後の日本の,社会保障制度はどうなっているのか,財政支出に占める社会保障関連経費はどうなっているのか,地域の過疎化はどうなっているのか,労働力人口はどの程度減っているのか等々。先ずは,そんな将来予測(見極め)から始めて,都合の悪い点があれば,そこを是正するためには,今何をしておけばいいのか。そのような現実的アプローチをとるべきではないだろうか。これまでのように,経済成長率を実質,例えば2%と,予め設定し,そこからすべての議論を始めるのではなく,むしろ,放っておくとそうなってしまう基礎ベースの数字を明らかにし,その数字を基に,どうすれば,当該のベースから現実的な逸脱を生み出せるか,そんな枠組みでの将来ビジョンづくりこそが今,必要なのではあるまいか。

 人口が減少して栄えた国はないとは,故堺屋太一氏の言葉。だとすれば,減り行く人口の中で,どう人間らしい生活を生み出せるか,経済政策策定の視点も,これまでのような画一的なものではなく,社会の価値観と絡めたものに,おのずと変わらざるをえないのではないだろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1901.html)

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