世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
新型コロナ禍での「人的鎖国」から「段階的開国」への移行は何を意味しているか
(立命館大学 名誉教授)
2020.09.21
2020年8月5日に奇しくも,日本の人口動態に関する最新の統計の公表と外国人労働者の受入れ再開の措置が同時に行われた。前者は,総務省による「住民基本台帳に基づく人口,人口動態および世帯数」(2020年1月1日現在)を指す。それによれば,「日本人住民」は1憶2,427万1,318人で前年比50万5,046人減少して,2009年をピークに11年連続で減少し50万人を越える減少規模は現行調査が行われた1968年以降最大であった。他方,「外国人住民」は286万6,715人で前年比19万9,516人増加して6年連続の増加であった。後者の外国人受入れ再開の措置は,外務省「在留資格を有する外国人の再入国について」(2020年7月31日)の決定に基づいて8月5日に実施されたものである。人口の減少を外国人とりわけ外国人労働者の受入れによって補うという政策が再度実施された訳で,本稿ではこの問題を取り上げたい。
ここで,これまでの日本の外国人労働者の受入れ政策について簡略に振り返ってみよう。日本が外国直接投資と外国人労働を受入れることなく主要な先進国へと発展した例外的な存在であることはよく知られていることだが,実に1980年代末に至るまで日本は外国人労働者―とりわけ「単純労働者」―を受入れてこなかった。この政策が最初に変更されたのは,1989年の「出入国管理および難民認定法」(入管法)の改正によってであった。同改正は,1980年代後半のバブル経済期の労働力不足に対応するためのものであったが,日本の外国人労働者受入れの大原則である「単純労働を受入れない」という姿勢の方は変更されなかった。しかし,バブル後も,特に21世紀に入って労働力の不足は続き一層厳しくなっていった。この不足を補ってきた外国人労働者は,「定住者」(日系3世までの南米やフィリピン出身者が中心),「留学生」,および就中「技能実習生」であったが,これには深刻な問題が存在していた。すなわち,彼らはいずれも就労を目的とするものではなく,在留資格が掲げる「建前」とは異なる「抜け道」を利用して「単純労働者」が受入れられたものであったことがそれである。
2019年4月に,前回の改正から30年ぶりに,入管法が改正された。今回の改正の主旨は,在留資格に「特定技能Ⅰ」と「同Ⅱ」を創設することにあった。そこには,意義と問題点の両方が存在する。意義としては,今回の改正により初めて「単純労働者」の受入れ制度を導入したことであり,介護,農水産業,外食業,等14業種について今後5年間に上限34万5,150人を受入れることが明らかになった。その背景には,労働力不足に対応することが喫緊の課題となってきていたという事情がある。内閣府「企業の外国人雇用に関する分析」(2019年9月)によれば,2012年から2018年までの6年間で,日本の15歳から64歳までの労働人口は約500万人減少した。この労働力の減少による不足を補ってきたのは女性と高齢者の就業増および外国人労働者の増加であった。2008年に48.6万人だった外国人労働者数は,10年後の2018年には146.0万人へと100万人近く増加してきており,就業人口に占める割合も0.8%から2.2%へと上昇してきていたのである。他方,問題点とはすでに少しふれた技能実習生制度を継承する強い連続性を持っていることである。技能実習生制度は,技術移転を「建前」とすることから労働者としての権利が守られず,最低賃金を下回る賃金や劣悪な労働条件で働かされていたことや雇用先を移動する権利を持たない,等の深刻な欠陥がある制度で技能実習生は日本の重層的な労働市場の底辺に低賃金で労働基本権を保障されない労働力として組み込まれてきた。この問題点を十分に検討し是正=改善することなく継承するのが今回創設された「特定技能」であることを看過してはならないだろう。
今回の新型コロナ禍の中で,安倍内閣が外国人とりわけ外国人労働者の受入れに関して行った対応について見てみよう。まず,2020年4月3日に在留資格を持つ外国人の再入国を原則禁止する「人的鎖国」と言ってもよい措置を採った。が,6月18日には早くも「国際的な人の往来再開に向けた段階的措置」を採ることを決め,6月26日には内閣官房を中心に関係省庁で「段階的開国」に向け必要な説明資料を作成している。そこには,新型コロナウイルスの流入防止の水際対策を徹底するが,同時に今後経済を回復軌道に乗せていくためこのように例外的な措置を採ると謳っている。それを承けて,すでに述べたように7月31日に在留資格を有する外国人の再入国を認めることを決定し8月5日に実施にされた。国内でのコロナ感染対策が後手に廻り遅々として進まない無策ぶりとは対照的と言ってもよいスピード感のある対応を採ってきていることが,これまでの経緯から明らかである。「人的鎖国」から「段階的開国」への素早い移行が意味するものは,国内の深刻な労働力不足の中で外国人労働者がいくつかの基幹産業や重要な業種の現場において必要不可欠の労働者にすでになっているという事実である。新型コロナ禍で「人的鎖国」を行ったものの,そのために不足が一層深刻になると例外的措置を採ってでも「段階的開国」に移行する,ということがそれを如実に示している。しかし,創設された「特定技能」制度の問題点の解決は後回しにされ放置されたままになっている。
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