世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2054
世界経済評論IMPACT No.2054

日本の直接投資が世界的な減速下でも拡大する理由

西口清勝

(立命館大学 名誉教授)

2021.02.15

 UNCTAD(2021)は,2021年1月24日に,2020年の世界の対外直接投資(FDI)フロー額(投資受入額[FDI Inflows]で表示)が前年比で42%も急減し,8,590億ドルであったと発表した。このように新型コロナ禍がグローバルなFDIフローに与えた影響が突然でかつ大きなものであったが,長期的視野から観察するとそこには自ずから違った姿が見えてくる。UNCTAD(World Investment Report 2019:15)が作成した「FDIフローとその趨勢:1990年−2018年(2010年を基準年=100)」によると,グローバルなFDIフローの年平均伸び率は,1990年代は21%➡2000年−2007年は8%➡グローバル危機後(2008年−2018年)は1%,となっており,近年になるほど減速傾向にあることが鮮明になってきていた。つまり,コロナ禍の前にすでに減速傾向にあったグローバルなFDIのフローは,その感染が世界大に拡散するあおりを受けて一気に急減したといえよう。

 2020年の日本の対外直接投資(FDI)フローに関する公式統計はまだ発表されていないけれども,コロナ禍による影響を同じく大きく受けていることは容易に推察できる。しかし,日本のFDIフロー(対外投資額[FDI Outflows]で表示)も長期的視野で観察すると,世界のそれとは対照的と言ってもよいほどの異なった姿が浮かび上がってくる。拙稿(2021)も示しているように,戦後日本のFDIフローは,これまでに2度の大きな「波」(wave)を経験してきている。「第1波」は,1985年のG5(「プラザ合意」)後の5年間(1986年−1990年)である。「プラザ合意」を画期として,日本の経済政策がそれまでの「加工貿易立国」路線から「海外投資立国」路線へと大きく転換したのに伴い,この期間に行われた投資額の合計は2,271億5,900万ドル(年平均額では454億3,180万ドル)にも達した。が,1990年代に入ると半減し,21世紀に入り2000年代前半(2001年−2005年)には8割近くまで盛り返すものの凌駕することはなかった。

 日本の対外直接投資が,「プラザ合意」後の1980年代後半における対外直接投資の実績を上回るようになったのは,2000年代の後半(2006年−2010年)以降のことであり,その趨勢は現在まで継続している(2006年−2019年)。この期間の対外直接投資額の合計は,156兆3,493億円(年平均額11兆6,780億円)であり,とりわけ2010年代に入ると急増し史上最大の規模となっており,その意味で今日の日本は―コロナ禍で中断を余儀なくされているが―対外直接投資の「第2波」の渦中にあったといえよう。UNCTAD(World Investment Report 2020:15)によれば,2019年には日本は世界最大の対外直接投資(2,270億ドル)を行う「海外投資大国」になっている。日本国際協力銀行『わが国製造業企業の海外事業活動に関する調査報告』(2019度版,7頁)によれば,2018年の日本の製造業企業の①海外生産比率は36.8%,②海外売上高比率38.7%,③海外収益比率36.4%,となっており,2010年代に入り3つ指標のいずれもが30%台後半にまで大きく上昇してきており,グローバルなFDIフローの減速下でも日本企業は活発な海外事業活動を展開してきていることが分かる。

 これまでの検討結果は,グローバルなFDIフローが減速下にあるにも拘わらずなぜ日本企業の海外事業活動が拡大を続けることができたのか,という問題を考察する必要があることを示唆している。紙幅の制約のため詳しい説明は拙稿(2021)に譲り,ここでは,われわれが最も重要な要因と考えるもの,すなわち「経済成長による市場の拡大と旺盛な需要」に絞って述べ,小論を締め括ることにしよう。経済産業省『第48回海外事業活動調査概要』(2019:21頁)によれば,2017年度において日本企業が対外直接投資を行う際の「投資決定のポイント」の中で,「現地の製品需要が旺盛又は今後の需要が期待できる」(68.6%)が群を抜いて第1位であったことがそれを如実に示している。また,日本国際協力銀行の前掲書(2019:22-24頁)の「中期的(今後3年程度)な海外投資有望国ランキング」の上位10カ国は2010年代には,東アジアの中国,ASEAN諸国(インドネシア,マレーシア,タイ,ヴェトナム,等)と南アジアのインドという「成長するアジア」が―米国とメキシコを除けば―上位10カ国を独占してきている。日本の周辺には「成長するアジア」という有利な投資機会を提供してくれる諸国があり,1980年代以降日本はこれら諸国に投資を行い濃密な国際生産網を構築してきた経緯がある。

 他方,2010年代にアベノミクスが実施された日本では,2012年から2018年の期間を取ってみると,①年平均経済成長率は低迷(1.06%),②企業の売上高は伸び悩み(1.12倍),③世界のGDPに占める日本の割合は縮小(8.3%➡5.7%),④世界の1人当たりGDPの順位は低下(11位➡20位),となっている(内閣府「国民経済計算」および財務省「法人企業統計」)。経済成長も企業の売上高も停滞している根本的な原因は,内需の過半を占める消費需要の低迷にある。その結果,世界経済に占める日本経済の割合が縮小し順位も急落してその存在感が大きく低下してきており,そうした中での「海外投資大国」化であることを看過すべきではないだろう。日本国内における投資機会の不足と「成長するアジア」という有利な投資機会が相俟って,日本企業の海外事業活動が展開されている。

[参考文献]
  • UNCTAD (2021), Global FDI FLOWS DOWN 42% IN 2020: Further weakness expected in 2021, risking sustainable recovery, Investment Trends Monitor, No.38, 24 January, 2021, Geneva.
  • 拙稿(2021),「現代日本の対外直接投資(FDI)による資金の循環が国内外経済にもたらす効果に関する再検討」,『立命館経済学』第69巻第5・6号,2021年3月,刊行予定
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2054.html)

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