世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「貧困」と「格差」を測る尺度について
(岐阜聖徳学園大学 教授)
2020.09.07
このところ開発論の分野では,貧困や所得格差もしくは資産格差をめぐって多くの論考が寄せられている。そこで本コラムでは,これらの問題についてその評価尺度を中心に筆者なりの考えを公にしておきたい。
日本においては,古くは明治時代に代表的ジャーナリスト横山源之助によって,そして大正時代には京都帝国大学教授河上肇によって貧困問題が取り上げられた。横山は明治維新から30年ぐらい経過した当時の日本の経済事情の中でいかに貧しい国民が多く見られるかについて論じ,河上は学術的に貧困問題をどのように捉えるかについて平易な言葉で論じた。前者は『日本の下層社会』(1899)であり,後者は『貧乏物語』(1917)である。河上はその著作において,いまなお所得格差を測る基本として知られるローレンツ曲線を紹介している。現在では,そこから派生して得られた知的成果としてのジニ係数が一般的に使用されている。この尺度はエンゲル係数と並んでよく知られていよう。
さて貧困をどのように概念規定するかが次の問題である。現在の貧困研究においては,貧困そのものは「絶対的貧困」と「相対的貧困」に大別される。どのように違うかというと,前者は開発途上国一般に適用されるのに対して,後者は先進国の貧困問題に適用される傾向が強い。世界銀行の定義によれば,絶対的貧困とは人一人が一日1.25USドル以下で生活する状態をいうのに対して,相対的貧困は所得分布曲線の中央値の半分以下の所得しか稼得していない人びとの総所得の国民全体の総所得に対する割合として算出される相対的貧困率の視点から捉えられる。いわゆる「子どもの貧困率」がそれに沿うものとして知られていて,ちなみに日本の相対的貧困率は2018年度で13.5%であると報告されている(厚生労働省報告書)。つまり7人のうち1人が貧困状態にあるといえ,日本を代表するマスメディアも軒並みこの問題を取り上げている。なお途上国の貧困問題を測るもうひとつの指標として単なる貧困もあり,それは一人一日2USドル以下の生活状態と定義されている。
ところで世界銀行は20世紀から21世紀への変わり目に,「貧困削減」を提唱するようになる。それというのもそれ以前のネオリベラリズムの影響で,その援助姿勢があまりにも市場原理主義に偏りすぎていたとの反省からであろう。そのような宗旨替えを主導したのは,筆者の考えでは,思想哲学面ではアマルティア・センであり,実務面では世銀チーフエコノミストとして方向づけたスティグリッツであった。そしてそのスティグリッツによれば,中国が7億4000万人の貧困を削減できたという。これは驚異的数値である。その面については,中国の実績は高く評価されなければならない。その結果中国は多くの中流階層を生み出したのだから。つまり日本を含めて欧米先進国ではいまや,中国からのインバウンドに大きな期待を寄せるのが当然視されている。
次に格差問題について述べておこう。この問題は2015年の国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs)の中の第10項目に挙げられている。もともと国際経済の格差といえば,南北問題であった。ところがこのところ先進国内の格差問題が浮上してきており,一部の圧倒的富裕を誇る階層と,貧困状態から抜け出せない多くの貧困層とのとてつもない格差状態が慢性化しつうあるように見える。これらの事情を測る指標として有用なのが,ピケティによって提示された二つの命題(ひとつは資本収益率のほうが経済成長率を上回るようになったとするもの,いまひとつは1950年代から1970年代半ばまでの分配状況は歴史上最大の平等化が進行したというもの),ミラノヴィッチによるエレファントカーブ,およびケンブリッジ大学のパルマによって考案されたパルマ比率であろう。エレファントカーブは多くの先進国で中流階層が下層に転落してゆく事情を説明するものであり,パルマ比率は最富裕層10%と下層40%との所得比率を計測して格差の程度をいっそう明瞭化しようという試みである。ちなみにパルマの近年の研究によれば,2012年度の測定でこの比率が法外に高い値を示しているのが南アフリカ(8.5)とナミビア(6.7)であるようだ。
いずれにせよ,格差指標についてはこれから検証作業が進められる中でそれぞれの国の格差の実態がいっそう鮮明になっていくものと考えられる。
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