世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1842
世界経済評論IMPACT No.1842

ポイント・オブ・ノーリターンを越えた米政府4高官の反中演説

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2020.08.10

 日本の報道では,対中関与政策からの決別を宣言したポンペオ国務長官の演説(7月23日)だけが注目されているが,他の対中強硬派3高官の演説は報道されていない。4高官の演説については,本誌8月3日付,No.1830で簡単に触れたが,改めてその全体を以下にみてみよう。4高官の演説,演説日,講演場所,講演テーマは次のとおりである。

前代未聞の連続講演会

  • 〔第1回〕ロバート・オブライエン国家安全保障問題担当大統領補佐官,6月24日,アリゾナ州フィニックス,講演テーマ:「中国共産党のイデオロギーと世界的野心」
  • 〔第2回〕クリストファー・レイFBI(連邦捜査局)長官,7月7日,ワシントンDC,ハドソン研究所,講演テーマ:「中国政府・中国共産党が米国経済および安全保障に及ぼす脅威」
  • 〔第3回〕ウイリアム・バー司法長官,7月16日,ミシガン州グランドラピッズ,フォード大統領記念図書館,講演テーマ:「中国共産党の世界的野心に対する米国の対応」(注1)
  • 〔第4回〕マイケル・ポンペオ国務長官,7月23日,カルフォルニア州ヨルバ・リンダ,ニクソン大統領記念図書館,講演テーマ:「共産主義中国と自由世界の将来」

 対象を中国一国に絞って,国家安全保障,連邦捜査,司法,外交の4分野から4人の政府高官がほぼ毎週,4都市を選んで,聴衆に中国の現状を報告し,問題点を摘出し,国民に注意を喚起する。こうした米国政府の企画は,多分前例がない。5月20日,国家安全保障会議が『米国の対中戦略アプローチ』を発表した後,トランプ大統領の忠臣,オブライエン大統領補佐官がこの秀逸な連続講演会を企画立案したのではなかろうかと筆者は邪推したが,どうであろうか。

 各講演記録を読むと,講演のはじめに,他の講演の概要が言及されているから,各講演者には事前に講演原稿が配布され,講演の内容が調整されていたと思われる。現地紙(注2)を読んでも,講演の全貌が把握できなかったが,4つの講演録を検索してはじめて講演会の全貌を把握することができた。ポンペオ長官以外に,3高官の中国認識を承知しておくことは,今後の米中関係の行方を探る手掛かりにもなろう。

「韜光養悔」を捨てた中国

 バー司法長官はこう述べる。「中国共産党(CCP)は鉄の拳で中国を支配し,中国人民の計り知れないパワー,生産力および創意を梃子にルールに基づく国際システムを破壊し,世界を独裁国家にとって安全なものにしようとしている。米国がこの挑戦にどう対応するか。これは歴史的な影響を持つ。米国と自由で民主的な同盟国が自らの運命を決め続けられ得るか否か,あるいはCCPとその属国が将来を支配するか否かが,決定されることになろう」。「習近平主席は毛沢東以来の中央集権を成し遂げ,舞台中央に躍り出て,資本主義を超える社会主義建設を進め,米国の夢を中国の解で置き換えると公言している。中国は鄧小平の韜光養悔を捨てた。共産党支配者の視点に立てば,中国の時代が到来しているのだ」。

 そして,米国企業にこう忠告する。「中国の支配者の究極の野心は対米貿易にはない。米国を襲うことにあるのだ。あなたが米企業の経営者であれば,中華人民共和国(PRC)の要求に応じることは短期的な利益となろう。しかし,PRCの究極目的はあなたに取って代わることにあるのだ。大きな投資を行い,重要な技術移転を行えば中国市場がより開放されるというのは幻想だ。中国とウイン・ウインの関係というが,中国が二度勝つという軽口の解釈もある」,「グローバル化した世界では,米国の企業も大学も自分は世界企業とか世界市民だと思うだろうが,企業や大学が成功を収めたのは米国の自由なシステム,法の支配,米国の安全保障によっていることを忘れてはならない」。

 一方,中国による米国の知的財産窃取を取り締まるレイFBI長官は,実際の事例を豊富に挙げながら,「FBIは10時間に1回は中国関連の防諜事件を取り上げ,現在捜査中の約5,000件の防諜事件の半数は対中関係が占める」と述べている。また,FBI捜査の結果から,米国民には3点の認識が重要だと強調した。第1は,CCPの野心は米国の経済的,技術的覇権を奪うことにあり,第2にそのためにCCPはサイバー攻撃,買収,企業や学生などあらゆる手段を駆使している,第3に,中国は自国を開放せず,米国の開放システムを食い物にしているという事実である。

CCPの脅威に目覚めた

 オブライエン補佐官は,米国の対中関与政策は米国生来の楽観主義とソ連に勝利した経験から出たもので,この考え方は不幸にも非常にナイーブであったと反省し,CCPのイデオロギーに注意を払わなかったのは,我々がCCPの指導者が語ったことを聞かず,書いたものを読まず,耳と目を閉ざしてきたからだと指摘する。そのうえで,CCPはマルクス・レーニン主義の組織であり,習総書記はスターリンの後継者と任じていると語り,CCPがいかに国民を支配し,思想・情報を統制し,ウイグル族を弾圧しているか延々と述べ,CCP公認の目標は人類共通の運命共同体を作り,世界をCCPに沿って作り直すことにあると説く。こうしたCCPの野望に立ち向かっているのがトランプ大統領であり,米国はトランプ大統領のリーダーシップの下で,ようやくCCPの脅威に目覚めたのだと強調した。

 4高官は演説で,米国が国家として中国の脅威にどう対応するかは一切語っていない。国民に注意を喚起し,中国に対する幻想を排除することの重要性だけを訴えている。世論調査をみても,米国国民の対中不信感は国民の約7割に達し,連邦議会も党派を超えて対中強硬法案の成立を目指している。4高官の演説はこうした動きに確実に影響を与え,次の大統領が民主党に移っても,影響を及ぼし続けることになろうと思われる。

[注]
  • (1)バー司法長官の演説原稿には題名が書かれていなので,演説中の言葉を題名とした。
  • (2)The New York Times, web edition, July 25, 2020.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1842.html)

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