世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1812
世界経済評論IMPACT No.1812

日本産業の危機を問う

三輪晴治

(エアノス・ジャパン 代表取締役)

2020.07.20

コロナ・ウイルス災害による日本産業の危機

 4月7日コロナ・ウイルスに対する緊急事態宣言が出されて以来,日本市場の需要が一瞬のうちに蒸発し,日本はこれまでに経験したことにない危機に陥っている。米中の経済戦争の煽りを受け,日本の経済危機はさらに増幅された。このパンデミック禍は,世界的に第二波,第三波とまだ当分続くであろう。

 東京商工リサーチによると,4月の全国企業倒産状況は,負債額1000万円以上の倒産件数は,前年同月比15.1%増の743件で,8ヶ月連続で増加している。しかし企業倒産は夏場以降更に高まるとみているし,これから製造業の倒産が多く出てくる。多少内部留保のある企業も,この経済ショックで数か月も持たないで倒産することになるだろう。日本のチャンピオンであるトヨタも大変になっている。また長いデフレに疲れ,後継者問題をもつ中小企業には廃業するものも出てくる。しかし技術を持った中小企業が一旦廃業してしまうと,その技術は日本から消えてしまう。

 こうした中で,日本政府は,企業に対して,遅まきながらそれを救済する手を打とうとしている。5月22日,日銀は,臨時の金融政策決定会合で,金融機関を通じて中小企業の資金繰りを助けるため,30兆円規模の新たな資金供給策を決定した。具体的には9月ぐらいをめどに「中小企業経営力強化支援ファンド」を設立する。中小企業整備機構がこのファンドに出資し,民間金融機関からも出資を募る。このファンドで中小企業に資本注入をする。この出資分は将来,業績が上向いたときに出資先による買取や他社とのM&Aなどで回収をする。また日本政策投資銀行を通じて「劣後ローン」や「議決権を持たない優先株」で資本支援し,中堅企業には地域経済活性化支援機構も活用して資本注入することにした。日銀は,国債購入の事実上の上限であった「1年間約80兆円(残高ベース)のめど」をなくし,「上限なく必要な金額」を買う方針に改めた。

アベノミクスの株価の買い支え

 「アベノミクス」の唯一つの成果は,政府が日本の株価を買い支えてきたことである。日銀はETF(上場投資信託)の買い入れで日本の株価を買い支えるために約30兆円投資してきている。政府は日本の株価の買い支えと日銀の異次元の金融緩和で,デフレ脱却をしようとしたが,そうはならなかった。株価と実体経済は乖離している。

 日銀は,東証一部上場企業のほぼすべてに投資している。これで日銀の個別企業の株式保有は5%を超え,10%を越えるものもある。アドバンテスト,ファストリテイリング,太陽誘電,TDKなどは15%以上で,高いものは18%のものもある。

 そしてGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)も,資金運用で日本の株に40兆円も投資している。日銀と合わせると合計70兆円ぐらいが日本の株式に投資されている。株式の公的マネーの比率は10%ぐらいになっている。このようにして,日本企業における「国家の高い株式所有比率」ができてしまった。

 しかし日銀やGPIFの株式投資は,アベノミクスの成果を見せるためと資金の「運用益」を狙ったものであり,日本企業を強化するものではなかった。今回のコロナショックによる株価の下落で「運用損」になったようだ。

グローバル化による国益産業の衰退

 資本主義経済は,恐慌や経済バブルなどの景気変動の過程で,その産業構造を変容してゆくものである。1980年からの世界的なグローバル化で,企業も国境を越えて海外に出ていった。中国が,鄧小平の「改革開放政策」により外から技術と資本を導入して「世界の工場」になり,新しいグローバルサプライチェーンができた。グローバル企業が中国で安い商品を造り,世界に広めていったが,最終的には誰も儲からないものになってしまった。中国の「世界の工場」により日本やアメリカの国民大衆の賃金は切り下げられ,「所得格差」が生まれ,国家の内需は縮小し,国民経済は衰退していった。

 そしてグロ―バル企業という多国籍企業,無国籍企業は,国境を越えてビジネスをするが,母国に税金をあまり払わず,母国に貢献するという考え方がない「無国益企業」になってしまっている。このために母国は「主権国家」として行動することが難しくなっている。グローバル化で,儲かったのは中国の「世界の工場」だけであった。そして世界の諸国は,中国に依存し過ぎて自分の経済がおかしくなっていることを知ることになった。

 この30年間のデフレにより,日本企業は,イノベーションを興すような技術開発投資,生産性向上投資はしなくなった。デフレのために企業は金を使わないで,貯めこんでいる。既存商品の価格切り下げ競争に嵌り,賃金をカットして,コストカットを続け業績はじり貧になっている。経営者は,業績の悪い部門を売り払い,株価だけを気にしている。これで日本の家電産業は消滅した。デフレにより,新しいことはやらないで,現状維持の会社になり,経営陣も自分の任期中にぼろを出さないことに専念し,何もしないことに徹している。日本の経営者は「ゆでガエル」になっている。内需が縮小しているので,企業は海外での生産活動を拡大しているが,これは日本のGDPの発展には寄与していない。

 大企業は,タックスヘイブンに逃れ,また特別租税控除をフルに使い,日本に税金をあまり払わない。日本の製薬会社や医療会社の中にも,日本企業でなくなったものもあり,日本の国益に貢献しないものがでてきている。

 大学もグローバル化のために独立行政法人化され,国からの資金は減らされ,自分で稼げと言われて本当の科学技術の研究ができなくなってしまった。このために「日本の科学技術力」,「日本の大学の研究力」の国際比較でランキングを急激に落としてしまった。

 幸い2008年がグローバル化の頂点で,バブルが弾けた。そこから世界は「反グローバル化」に動き,資本も母国に還流し始めた。そしてアメリカのトランプ大統領が反グローバル化に動き始め,イギリスもグローバル化を進めるEU本部に反対し「ブレグジット」でEUを出ていった。ドイツも今やEU本部に反抗している。だが日本政府と日本の財界は今でもグローバル化に走っている。

 反グローバル化の流れの中で,米中冷戦が進むが,それぞれの国の独自の「先端技術商品」の開発競争が起きている。21世紀は,独自の技術を持って競う「技術国家主義」が展開されることになる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1812.html)

関連記事

三輪晴治

最新のコラム