世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1778
世界経済評論IMPACT No.1778

特異な様相を見せる2020年米大統領選挙

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2020.06.15

 今回の大統領選挙,常と違って極めて特異な展開振りとなっている。11月の投票日まで5カ月を割ったというのに,共和党トランプ大統領と挑戦者である民主党バイデン候補との間で,本格的な論争が起きていない。その理由は,いくつか考えられる。

 先ず,コロナ・ウイルス禍に在って,トランプ自身,対応に向けた自己の指導者ぶりを有権者に売り込むことを優先,民主党の挑戦者を「眠れるバイデン“Sleepy Biden”」と揶揄しながらも,敢えて喧嘩腰の対立姿勢を,少なくとも此れまで,示していないこと。

 しかも,そのトランプの姿勢そのものが,態度が二転三転したこともあって,逆に有権者の批判を買っている。大統領は当初,ウイルス蔓延を軽視,次いで,事態が悪化すると緊急対応に切り替え,更に,その社会活動抑制措置が経済低迷と結び付くようになると,今度は経済再開へと舵を切り替える。どう考えても,その姿勢の変転振りは,目先対応が過ぎ,本来の危機管理からは程遠い。つまり,バイデンが,トランプ批判を声高に叫ばなくても,現職大統領が,いわば自損の形で,批判を浴びるような事態が生じているのだ。

 一方,この3か月,バイデン自身,デラウエア州の自宅に巣篭りし,本格的な大衆向けアピールを控えて,むしろ民主党内の掌握と支持固めに専念してきた。国家の非常時に現職大統領を批判しても,その批判がブーメランのように自分に戻ってくることを老練の政治家は熟知していたのだ。亦,自身の20数年も前のセクハラ疑惑がマスコミに流れ出ている状況下,身を晒す危惧も考慮したのだろう(このセクハラ問題に関しては,トランプも脛に傷持つ身,バイデンのセクハラ容疑批判には,乗る素振りを見せていない)。

 更に付記すれば,選挙資金の面でも,バイデンはトランプに大きく差をつけられていた。だから,この時期,大統領には全力で危機対応に当たらせ,その分,トランプの矛先を鈍らせ,自分はせっせと民主党内を固める。そんな戦術を採用したのだ。加えて,いくら大衆動員を掛けようと思っても,コロナ蔓延下では,そんな動員そのものが批判の的となる。だから,大集会好きのトランプでも,大動員は実施出来ないはず。いずれにせよバイデンは,そのような諸々のシナリオを読んでいた。

 今の処,バイデン陣営のそんな読みは的中した。

 コロナ・ウイルスは米国社会に大きなストレスを賦課している。人々の間での接触を避けるため,飲食やコンビニ,百貨店などが閉鎖を余儀なくされ,そこで働いていた多くの人たちが失職した。さらに,ウイルスに感染した人の割合を観ると,低所得層が多く,しかも,その多くが黒人だった。彼らは都市部のアパートに家族と共に住み,其れ故に感染伝播にも脆弱だった。結果,彼らの居住密集地域が日本流にいうクラスター化し,かくして感染の都市部と非感染の郊外との利害対立も顕在化してしまう。

 一方,市民の外出も禁止されたとあって,在宅の人々の鬱積も溜まっていた。そんな鬱積が,外出禁止令が解除されるや逆に,社会の表面に一気に浮上する。黒人被疑者を乱暴に扱う白人警官の,全米複数個所での振る舞いは,こんな根っこから発生したのだ。結果,白人警官の人種差別的対応への抗議行動が全米に急拡散,その一部が暴徒化する。そして,この暴徒化へのトランプ大統領の言動(例えば,州兵ではなく,軍隊を制圧に使う等など)が亦,色々な物議を醸しだす。

 トランプ大統領は,この4年間,支持率が50%を超えたことが一度もない。だから自身の,41~43%程度の岩盤支持層を繋ぎとめることが選挙戦術の基本。そのためには,米国ファーストのスローガン,強い指導者像等には拘りつづけるしか方法がないのだ。

 しかも其処には,自分への批判・攻撃は,米国への批判・攻撃と同じだとの,大統領職と国の代表との,立場の一体感が見え隠れしている。自分への批判は米国への批判,だから自分は,米国のために,批判には逆批判で応じる,つまりは,そんなメンタリティーがトランプの中にあるようだ。しかし,コロナ禍,トランプによる,トランプの,トランプのための,レトリック,つまりは,団結よりは特定の支持基盤受けする硬直的姿勢を続けておれば,放っていても批判は一層高まる道理。

 民主党のバイデン陣営は,そんな状況展開を恐らくは読み切っていた。だからこの間,巣篭りしながら,自宅からズームなどを駆使して民主党内の基盤固めに専念,亦,副大統領候補と目する女性上院議員たちを使って,選挙資金集めと,自身の基盤の弱いヒスパニック有権者などの支持を纏めさせていた。いわば,意図したかどうかは別にして,バイデンへの支持盛り上げに,民主党の準主役たちが,それぞれの役割を演じているわけだ。チーム・バイデンの誕生と言ってよかろう。民主党がそんな態度を取れたのも,対立候補のサンダースが早々と身を引き,トランプ嫌いが高じている民主党内を,バイデンが纏めきる可能性が高くなっていたからだろう。事実,直近,6月5日発表のNPRニュースによると,バイデン支持率50%,トランプ支持率43%という神託となっている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1778.html)

関連記事

鷲尾友春

最新のコラム