世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1675
世界経済評論IMPACT No.1675

分断の時代,新型コロナ対策でG7は結束できるか

馬田啓一

(杏林大学 名誉教授)

2020.03.30

新型コロナウィルスの脅威

 新型コロナウィルスの感染拡大が各国の経済・金融市場を混乱に陥れ,世界経済を大きく揺さぶっている。感染源の中国から欧州や米国へと急速に感染が広がっており,世界保健機関(WHO)は3月11日,新型コロナウィルスの感染拡大を「パンデミック(世界的大流行)」と認定した。各国で過去に例を見ない異例の強い措置が次々にとられ,経済活動は2008年秋のリーマンショックを上回る規模で落ち込みそうだ。

 新型コロナ危機に世界はどう立ち向かうべきか。猛威を振るう新型コロナウィルスを抑え込むためには,ヒトやモノの流れを止めなければならないが,そうすれば生産や消費を減らし,景気を失速させてしまう。防疫と経済のバランスをとりながら,ウィルスとの戦いを制するという極めて難しいかじ取りが求められている。分断によるグローバルガバナンスの空白は許されない。日米欧を中心に主要国は国際協調の体制を立て直し,感染の封じ込めに全力を挙げるべきである。

 これまで世界を揺さぶる危機が起きたときに,その沈静化に主導的な役割を果たしてきたのは米国である。だが,今のトランプ政権に果たしてそれを期待できるのか。米国第一主義に固執し,国際協調を軽視してきたツケが回ってきた。

危機回避へ協調試されるG7

 皮肉なことに,今年のG7サミット(先進7か国首脳会議)は,輪番制で米国が議長国を務める。エゴむき出しの追加関税を乱用するなど,度を越した米国第一主義によりG7において孤立気味のトランプ大統領が,果たして新型コロナウィルスを封じ込めるために協調して有効な危機対応策を打ち出せるかどうかが,今年のG7における最大の焦点だ。

 G7各国の財務相と中央銀行総裁は3月3日に電話会議を行い,新型コロナウィルスの感染拡大による経済的な影響への対応策を協議し,「あらゆる適切な政策手段を講じる」との声明を出した。

 しかし,世界経済の先行き懸念に対して金融政策への期待は株式市場で薄れつつある。米連邦準備理事会(FRB)は3月15日,1%の緊急利下げに踏み切りゼロ金利となったが,市場の動揺を抑えることはできなかった。16日のニューヨーク市場ではダウ平均株価(30種)が史上最大の2997ドル安となるなど,株価の下げ基調に歯止めがかかっていない。東京市場でも日経平均は18日には1万7000円を割り込んだ。

 これまで株価急落に歯止めをかけてきたのは主要国の中央銀行による積極的な金融緩和策であったが,もはや打つ手が限られていることが見透かされているからだ。このため,先進各国は大規模な財政出動が求められている。

 3月16日,ユーロ圏財務相会議は,財政出動の壁になっていた「3%ルール」を一時棚上げし,景気後退に歯止めをかけることに合意した。だが,財政出動すれば国債発行額が増加し,国債の利回りが急上昇する。EUでは新たな欧州債務危機を回避するため,欧州中央銀行(ECB)が18日,緊急で追加の量的緩和措置に踏み切った。

 トランプ大統領は3月11日の演説で,「米国民を守るために必要な措置をためらわない」と述べ,国家非常事態の宣言や大規模な財政出動に踏み切ったが,欧州からの唐突な入国制限などで混乱に拍車をかけている。米国は,トランプ政権下で内向き姿勢となっており,それがG7の大きな不安材料となっている。

 このため,事態の収拾に向けた力強いメッセージを発信するため,3月16日,G7の首脳が緊急のテレビ会議を行った。新型コロナウィルスとの戦いにG7の各国が協調して対応するという姿勢を表明したが,果たしてどこまで各国の足並みを揃えることができるのだろうか。

 各国は市場への十分な資金供給,追加的な金融緩和,企業の資金繰り支援,家計の所得補填など,効果的な財政金融政策を迅速に打ち出さねばならない。しかし,それは必要条件だが,十分条件ではない。なぜなら,思い切った財政金融政策をいくら実施しても,新型コロナウィルスが終息しない限り,人とモノの動きが制限され,それにより生産も消費も停滞し続けるので,経済危機から抜け出すことができないからだ。結局のところ,ワクチンと治療薬の開発・実用化による感染のピークアウトが危機脱却のカギを握っている。

 なお,米ホワイトハウスは3月19日,新型コロナウィルスの感染拡大を受け,米国が議長国を務める6月のG7サミットもテレビ会議で行うことを明らかにした。ワシントン郊外の大統領山荘キャンプデービットで開く予定だったが,変更となった。

コロナショックで狂った再選シナリオ

 トランプ大統領は,新型コロナウィルスを「中国ウィルス」と呼んで中国の反発を招いているが,武漢発の新型コロナウィルスという思わぬ伏兵が現れ,再選シナリオが完全に狂ってしまったというのが多分本音だろう。

 11月の大統領選で再選を目指すトランプ大統領にとって,新型コロナウィルスの危機が試練となることは間違いない。最近の経済・金融市場の動揺によって,トランプ政権の危機管理能力について不安と懸念が指摘されている。

 トランプ大統領は当初,大変な事態だというのはメディアのフェイクニュースであり,「我々は新型コロナウィルスをコントロールしている」と楽観的なコメントを出していた。しかし,その言葉とは裏腹に,3月に入ってから米国内の感染者数が急増したため,11日,欧州からの30日間の入国制限,13日に国家非常事態を宣言,17日に過去最大の1兆ドル規模の経済対策を表明,さらに,18日には朝鮮戦争時の「国防生産法」を発動してマスク増産を指示した。

 だが,3月20日のニューヨーク株式市場でダウ平均株価(30種)の終値が2万ドルを割り,トランプ大統領が就任した2017年1月20日の水準(1万9827ドル)を下回った。大型減税や好調な企業業績などを背景に,就任後3割以上も上昇した「トランプ相場」が,新型コロナウィルスの影響ですべて帳消しとなった。

 感染の世界的な拡大により経済停滞への懸念が広がり,市場では投資家の心理が冷え込み,リスク資産の現金化する動きが広がっているからだ。このため,トランプ政権は21日,経済対策を当初の2倍の2兆ドルにすると表明したが,大統領選への思惑も絡んで与野党協議は難航している。

 トランプ大統領は11月の大統領選に向けて,G7サミットを最高の晴れの舞台にするつもりだった。議長として自らの指導力を派手に演出したかったところだが,残念ながらそれも新型コロナショックで不発に終わりそうだ。今後,新型コロナウィルスと米国の経済・雇用がどうなるのかが,大統領選の行方を左右する。感染拡大と景気悪化に歯止めをかけることができなければ,トランプ大統領の再選の可能性はなくなる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1675.html)

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