世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1667
世界経済評論IMPACT No.1667

コロナ危機は欧州の銀行にとって好機の側面も:危機の張本人から頼れる公器へ脱却を図れ

金子寿太郎

((公益財団法人)国際金融情報センター ブラッセル事務所長)

2020.03.23

 新型コロナウイルスの感染拡大がパンデミックにまで発展した。アジアで状況が落ち着きを見せつつある一方,欧州での被害が急速に拡大している。フランスのマクロン大統領は「対ウイルス戦争」と形容したが,他の加盟国も,呼称はともかく,実質的に非常事態下にある。既に国境封鎖に踏み切った加盟国もある。シェンゲン協定に基づく人の移動の自由は,EU最大の成果である単一市場の不可分な要素であるが,これが域内で感染を拡大させるとともに,欧州委員会による抜本的な対応を遅らせる要因となった。

 EUでは,飲食店や小売店の経営悪化等により経済活動は著しく停滞し,これを補助金や減税で支援する結果,財政状況は大きく悪化していくことが見込まれる。企業倒産件数の大幅な増加も避け難い。欧州委員会は今月16日,域内全体における今年の実質GDPが1%以上のマイナス成長に転じる,との見通しを明らかにした。

 まだ最終的な損失規模を推計するには時期尚早である。それでもIMFは,現状を「危機」と位置付け,08−09年の世界的な金融危機時と同規模の協調的な財政措置が必要になる可能性があると指摘した。もっとも,危機のタイプに着目すれば,今回の危機は金融機関が発端ではない。むしろ金融機関には,サービス業や輸送業をはじめとする実体経済を可及的速やかに下支えすることが期待されている。

 こうした中で,EUの中央銀行や他の金融当局は,様々な政策ツールを通じて資本や流動性の要件を緩和するなど,銀行の貸し出し余力の強化策を講じている。金融当局にできることはまだ残っているだろうが,今回の危機では,根本的な問題解決はウイルス感染の鎮静化しかない。金融規制・監督による対応はあくまで対症療法のため,これをやり使い過ぎれば,金融システムの安定や財政の持続可能性が損なわれ,却って危機後の景気回復を遅くしたり弱めたりすることになる。焦点は,市中金融機関がこの余力を実際に正しく効率的に使い,経済の末端まで十分な資金を供給できるか否かに移りつつある。

 今回の危機は,もちろん金融機関にとっても極めて大きなリスクである。財政が統合できていないEUは,域内の非対称的なショックに弱いうえ,金融システムに構造的な脆弱性も抱えている。預金保険スキームの共通化を含む銀行同盟計画が完了していないほか,南部加盟国を中心に銀行のホームカントリーバイアス(保有資産における自国国債偏重)はさほど緩和されていない。このため,ユーロ危機から10年経ち,銀行セクターの健全性がかなり回復したとはいえ,いまだに財政破綻リスクと銀行破綻リスクが互いに影響し合う負の連鎖が再発しないとは言い切れない。

 しかし,今回の危機は,ユーロ危機時に公的資金で救済された欧州の金融セクターにとって,汚名返上のチャンスでもある。強欲に基づく過度のリスクテイクから経営を行き詰まらせ,実体経済の足を引っ張っておきながら,国民の血税で生き永らえた悪玉のイメージを脱し,外生的ショックから実体経済を守った善玉に生まれ変わることだって可能であろう。

 一つのポイントは,銀行,それも観光地を含む地方における中小銀行の目利き力である。貸し出し余力が生まれたといっても,無限ではない。困っている企業に対して闇雲に新規の貸し付けや返済の繰り延べを行えば,貸し倒れなどから不良債権が増加し,自らの存続まで危うくなる。危機のあおりで短期的な資金繰りに窮してはいるものの,中・長期の存続可能性がある企業を見極めなくてはならない。稀にみるタイプ・規模の激震であるため,過去の貸し倒れデータなどに基づく信用リスク計測モデルはあまり当てにならない。融資担当者がこれまで地元企業と培ってきた関係性や経営に関する洞察力の深さが明らかになる「真実の時」である。

 欧州の金融機関は,先の危機で傷ついたコーポレートイメージを回復するべく,金融教育等の地道な活動を通じて,消費者保護や金融包摂に努めてきた。そろそろ禊ぎを終えても良い頃ではないだろうか。社会的なインフラとして人々の信頼を取り戻せるか,今が正念場である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1667.html)

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