世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1658
世界経済評論IMPACT No.1658

ジジババ群衆が歪める経済リテラシー

鶴岡秀志

(信州大学先鋭研究所 特任教授)

2020.03.16

 新型コロナウイルス2019n-CoV(以下,「武漢ウイルス」という)で株価は落ち込む,経済活動のあちこちに大きな影響を与えるなど病気だけではなく様々な災厄を撒き散らしている。古来,文化と災厄は大陸からやって来る我国にとって,歴史は繰り返すことを改めて肝に銘じることになるだろう。フジBSプライムニュースなどの日頃真摯に議論を行う番組を除いて,NHKを含む多くのニュースショー,ワイドショー,バラエティの情報発信側は,人々の不安につけ込んで視聴率を取るとしか思えないような稚拙さである。芸能バラエティで「専門家」が芸人と一緒に面白おかしく話を盛っているのは,時節柄さすがにいかがかと思う。

 本稿ではリテラシーを,「適切に理解,解釈,分析でき,かつ表現できる」という意味で使う。

 武漢ウイルスについてTVを通じた情報発信は,医学生物に加えて化学分野の難しい問題を市井の人々に理解してもらうという厄介な課題を抱えている。しかし,TVで解説をしているのは,一部の専門家以外は大手メディアの「科学文化部」,即ち理系を齧った程度か全くの文系の記者と解説者である。勝手に専門家と称する出演者はもとより,本当の専門家の出演でも不勉強な進行役が混乱を招いている。経済番組では「すとらとじすと」(あえてひらがな表記です)や上から目線のキャスターが勝手な解釈をばら撒いている。日経プラス10は大外れの武漢ウイルス経済影響予想ばかりであったが,3月9日から慎重な姿勢に変わったのは好感できる。米国CDCや国立感染症研究所の専門速報や論文をメディア関係者に理解しろというのは土台無理な要求だが,政府専門家会議レベルの方々にしっかりと教えを請うという姿勢を持って欲しい。情報を「つまんで」報道する姿勢は科学には不適なので,TVを無視するという受け取り側の姿勢が必要である。WEBでCDCや厚生労働省の発表を手軽に見ることができるので,解らない事は文献検索しながら一次情報を理解する努力が重要である。

 むしろ,今般問われるのは情報を受け取る側のリテラシーである。極言であるが,団塊とその前後の世代は我儘で恥知らずなジジババ(爺婆)集団である。日頃,若者の社会性のなさを批判している世代が危機に際して酷い行いをしている。大衆の行動心理については専門家による分析コメントがWEB上で見られる(ほとんど同一意見である)が,ジジババ群は社会科学的分析を超えた消費経済を歪める大きな塊に見える。実際,買い物に行くとジジババの集団的行動が際立っている。互いに見知らぬであろう人々が一つの集団となって山積みになっているトイレットペーパーを夫々カート一杯に取っていく。アルコール除菌剤や関係なさそうな商品までイナゴの大群のように陳列棚からさらっていく。TVでいくら「平常心を」と行っても聞く耳を持たない人々の群れである。石油ショックの時に家族と一緒に並んだが,バッタの大群のように行動する様は記憶にない。

 我国は明治以降,士農工商の垣根を取り払い教育に力を入れて殖産振興(古い言葉です)に励んできた。終戦後の何も無い荒廃状態でも多くの親は子供に教育を授けることに努力を払った。能力があれば氏素性宗門人種関係なく,最高学府で学費が安い東京大学,京都大学に入学することが可能という世界的にも最高レベルの平等なシステムが存在した(最近は親の収入で差がついていますが)。識字率はほぼ100%を維持してきたので,たとえ数学の得手不得手があろうとも,殆どの人は義務教育レベルの内容であれば基礎的なリテラシーが十分であった。ところが90年代のバブルの頃から中学卒業程度の読み書きが怪しい人が増えてきた。統計には出現していないものの,以前にも筆者が指摘したように製造現場で作業手順書を理解できない工員が増加した。ここ数年,プログラミング能力の有無で中高年をリストラするという時代の変わり目になっているが,勉強を厭わなければ高齢でもプログラマーとして活躍できることは我国の基礎構造は変わっていないことを示すものだろう。しかし,足元を見ると,大学では成績分布の二極化が進んでいる。大学教員の友人によると,有名進学校出身とそれ以外で読解力に明らかな差が生じている。下位の集団は指示や説明を理解する日本語力が無く,高偏差値大学への受験は反射的に答えを書くことで通過してきたと考えられる。

 基礎理解力の欠如はゆとり教育やAO選考世代の抱える負の影響と思っていたのだが,今回の武漢ウイルス事案で,主に高齢者にリテラシー欠如群があることが見えた。今までだったら恥知らずで我儘な,あるいはパニックに陥った人々で済ませていたが,戦後世代でも基礎教育欠如の塊があることを知った。筆者の母は,長兄(叔父にあたる)は予科練航空隊だったが,戦中戦後混乱期に小学高学年から女学校の授業が殆どなかった世代で読み書きが不自由であったものの分別はわきまえていた。ところが,TVの小売店取材で「在庫は十分あるって報道されているけど本当かどうか判らないので」という高齢者が多く,明らかにリテラシーと分別の欠如を見ると日本人の均質性が失われていると思いたくなる。売切れた状況映像を繰り返す報道も人心を煽っているが,日本人の心の奥底にあるはずの武士道,長屋の助け合い,自然への畏怖(祖先が築き上げたもの)といったものが,本来ならば若者を叱咤する立場の「ご隠居」であるべき高齢者から抜け落ちている。

 省エネ,リサイクル等,欧州が矢継ぎ早に提唱する「グリーンな取り組み」は,緑の党や勉学不十分の娘に説教されるまでもなく,日本に横たわっている「他所に迷惑をかけない」という空気みたいなものである。しかし,一連の武漢ウイルス騒動から見えることは,多くの国民が難局を乗り切ろうと各々努力する一方で,リテラシーに欠ける「クラスター」が存在して大多数のフラストレーションを引き起こすことである。今のうちに初等中等教育を建て直さないと,我が国は近い将来に武士道を忘れた我儘ジジババ民主主義社会になり兼ねない。葬式のための経済学といったお先真っ暗の思考にならないとも限らない(首都圏では実感が無いと思うが,NHK地方局のニュース枠は年寄り中心の内容である)。大宅壮一が発したと言われている「一億総白痴化」は昭和30年代の流行語であるが,本当に日本が一億総白痴化ジジババ経済という社会になるかもしれない。もし,そうなったら工業国としての活力は失われるだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1658.html)

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