世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1616
世界経済評論IMPACT No.1616

英国のEU離脱による自国経済への影響

藤澤武史

(関西学院大学 教授(在英))

2020.01.27

 英国の欧州連合(EU)離脱実現に必要な離脱関連法の法案が2020年1月22日までに英国議会を通過し,エリザベス女王が23日に裁可して成立した。EU側の議会手続きも経て英国は1月31日にEUから離脱する。

 離脱は在英日系企業や日本の対英貿易に戦略の見直しを迫るだけでなく,英国経済に大きな影響を及ぼすため,ミクロとマクロの視点を交え,英国経済の今後を展望してみる。

 英国には1000社近い日系企業が進出し,域統統括本社(RHQ)も目立つ。離脱はRHQの撤退に拍車をかける。本田技研工業はその先陣を切った。日系企業も他国の企業もRHQを英国からドイツ,オランダ,ベルギー(トヨタがRHQを設営)へ移設し,対英販売比率を下げると予想される。そうなると,法人税の減収に加え,RHQでは優秀で高年収の社員が多いだけに,所得税の減収も免れない。

 外資系企業が製造事業所を他国へ移すと,RHQの移設以上に英国経済へ深刻な影響を及ぼす。離脱後は英国のEU向け輸出品に関税が賦課され,製造,販売,ロジスティックスを英国に集中するメリットを外資系企業は失う。他国に生産がシフトし,新規投資先から外されると,外資依存型の英国経済は成長の場を失う。生産,雇用ともに痛手を受け,2014年より減速気味の実質GDP成長率(2018年は1.4%)は0%へと向かうであろう。

 有力外資の撤退が続けば,英国は数量ベースで輸出を減らし,2018年に計上した1380億£の赤字幅がさらに膨らむようになる。

 外国為替市場における£の評価はどうなっていくか。上記の動因から経済成長率の低下を余儀なくされ,雇用機会の縮小により国内失業率が高まれば,ファンダメンタルズの悪化が嫌気され,£安へ転じると目される。EU離脱が確実視され英国の進路が見えたとして昨年9月以降続いた£高は終焉に近い。

 £安が続けば,輸入品の国内価格高騰を生み,物価は上がる。他方,£安の恩恵を受けて,予測される輸出数量減をカバーして£ベースでの輸出額受取り分は維持される。とはいえ,£ベースでの輸入単価も上昇するため,貿易収支は赤字体質から脱却しにくい。

 £安を想定する限り,輸入インフレが波及し,国内物価は上昇する。EU離脱後は,安価な労働供給源となった東欧諸国から移民が入国しようにも制限を受け,国内賃金の単価は上がり,物価上昇が待ち受けている。

こうしてみると,EU離脱は英国経済にデメリットばかりの感が拭えない。

 だが,EU以外の国との貿易の多角化,多数国とのFTAの締結,外資優遇策の拡大,国内研究開発の政策的強化,産業クラスターの産官学との有機的連携,世界の大学ランキング最上位を梃子にした多数国からの有能人材の受入れと活用,国家の安全性向上とサービス提供によるインバウンドツーリズムの促進など国家政策と民活次第では,英国内の企業にもビジネスチャンスは到来し,EU離脱が正しい選択であったと英国の政府と国民が胸を張れる時は訪れるに違いない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1616.html)

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