世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1597
世界経済評論IMPACT No.1597

大西洋をまたぐ二人の「トランプ」

鈴木裕明

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2020.01.13

「英国のトランプ」の登場と躍進

 大西洋の両岸で,トランプと「英国のトランプ」がそれぞれに話題を振り撒き続けている。

 米国と英国は「特別な関係」にあると主張したのはチャーチルだが,それ以来70余年が経ち,両国の経済や軍事バランスが大きく変化する中で,今再び,両国関係に関する論考が多く提示されるようになってきている。英国にジョンソン政権が誕生し,米英首脳の蜜月が報じられる一方で,英国がBrexitによってEUという国威の後ろ盾を失うことが決定的となり,米英間の力量の格差のさらなる拡大が予想されていることなどが背景にある。ただし本稿では,外交・安全保障面等についてではなく,経済政策面から両国指導者の「あうんの呼吸」のようなこれまでの関係を見てみたい。

 「英国のトランプ」,ボリス・ジョンソン首相の誕生は2019年7月のことで,本家トランプ政権の発足から2年半ほど遅れた。ジョンソンは2016年6月のBrexitを決める国民投票において離脱主導者であったにもかかわらず,離脱過半数となった直後の保守党党首選(事実上の首相選び)には立候補しなかった。その時に筆者は,誠に未来を見通せていなかったと言うほかないのだが,ジョンソンは「言いっ放し」の「口だけ」男であると思っていた。それが3年の後には,メイの後を受けての保守党党首選に勝利してついに首相の座に就く。さらに,昨年12月の総選挙では地滑り的勝利を手中にして,単独過半数を獲得した。コービンが率いた労働党が,肝腎のBrexitをめぐって事実上分裂していたという敵失はあったものの,議員定数の半数を40議席も上回る圧倒的な保守党政権を打ち立ててしまった。目下,「英国のトランプ」は絶(舌?)好調のようにみえる。

 後知恵だが,英国にいつか「トランプ」が誕生するであろうことは,十分に予想できたのではないか,との思いがある。なぜなら,2017年に米国でトランプが大統領に就任していて,そして,大雑把な纏め方とお叱りを受けるリスクを承知で括ってしまえば,米英両国の政治情勢はシンクロしており,過去,片方の国に新しいタイプの指導者が現れると,それに呼応するように,もう片方の国にも似たタイプの指導者が登場してきたからである。

シンクロしてきた米英の指導者たち

 少しだけ振り返ってみれば,1979年,英国では,それまでの社会主義的ともいえる経済体制の行き詰まりを受けて,サッチャーが首相に就任。翌1980年,米国の大統領選挙ではレーガンが当選する。二人は,1980年代を通して,「新自由主義」を世界に広めていくことになる。

 次が,1992年。米国大統領選挙では不動産バブルの終焉等による景気悪化と重なり,レーガン後継のブッシュ(父)が再選に失敗。ここで1993年に発足したクリントン政権は,元来が労働者寄りの民主党政権であるにもかかわらず,NAFTA承認の実現をはじめ,経済運営の実態をビジネス寄りへとシフトさせていく。そして,クリントン政権から遅れること4年,1997年の英国では,18年ぶりの労働党政権を担ったブレア首相は,アンソニー・デギンスが著した「第三の道」を使い,クリントン政権から学び,情報収集もして,かつての労働党よりも大幅にビジネス寄りにシフトした政策を推進する。

 ここで米英両政権に共通してみられる注目点の一つが,福祉政策の変更である。それまでは,生活水準を保障するための給付に重きを置かれていた福祉政策が,クリントン-ブレアの時代には,就労による自立支援のための給付へと変更される。この指針変更は,膨張を続けていた福祉予算を抑えるためには必須のものであり,財政収支面からも,雇用政策としても成果を収めたとの評価がある。しかしその一方で,結局自立できなかった層にとっては,「見捨てられた」感が強まるといった面も生じた。ここに,元来は低所得層や失業者を重視してきたはずの左派政党が,そこから離れていってしまうという流れが始まる。

 米国はこの後,ブッシュ(子)(共和党)→オバマ(民主党),英国はブラウン(労働党)→キャメロン(保守党)→メイ(保守党)と政権が受け継がれていくが,基本的に,従来よりは総じてビジネス寄り・自由主義寄りの範囲内での政策変更しか生じず,政治の視線は所得の低い庶民からは離れ続けた。

 その結果として,トランプが表現するところの「忘れられた」庶民層が米英両国で生み出され,滞留していく。米国においてはラストベルトの荒廃地域に住む白人低所得層が政治家の視野からも外れてしまっており,しかもそうした現状を憂う白人層がその周囲に少なからず存在していた。トランプはこれらの不満層を「発見」し,ここにアピールする政策を公約とした。それこそが,トランプ・ポピュリズムであった。

 英国においては,福祉・雇用政策の変更とEUからの移民との競合などで不遇を囲っていた低所得層が,これまでの政権に対して不満を強めていた。この層がジョンソンやBrexitを支持した。12月の選挙においては,MidlandsやNorthでは製造業地帯などにおいて,これまでの労働党支持者までが,Brexitを明確に標榜したジョンソン保守党に流れた。「英国のトランプ」が誕生し躍進することは必然であったろう。

米英が世界の潮流形成に大きな役割

 上述のような流れは米英2か国だけの動きではない。世界の経済政策の潮流は,レーガン・サッチャー以降,総じて社会主義寄りから自由主義寄りへ,鎖国寄りからグローバリゼーション寄りへとシフトしてきていた。そこには,かつて社会主義寄り,鎖国寄りになり過ぎたことが経済成長や財政に悪影響を及ぼし,もはや持続不可能となっていたという背景があり,こうしたシフトは必然でもあった。しかし,それによって生じた歪みは着実に累積していき,ついには臨界点を越えて「二人のトランプ」を生み出した。米英両国は,良くも悪くもこうした世界の潮流を形作るにあたり,シンクロしながら大きな役割を果たしてきた。

 2020年以降も,両国の方向性は引き続き世界の潮流に大きな影響を及ぼすことが予想される。今年,ジョンソン政権はEUとの死活的なFTA交渉に臨むことになる一方で,トランプ政権は11月に大統領選挙を迎える。選挙では,「忘れられた」層の支援をめぐって,トランプ方式と民主党候補の方式がぶつかることになる。米英ともに国政が大きく動く可能性があるが,上述のような観点から,世界にとって日本にとってまさに他人事ではないとの意識で,これをフォローしていく必要があるだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1597.html)

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