世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1592
世界経済評論IMPACT No.1592

動き出した国際ビジネスの規制に企業はどう対応すべきか

池下譲治

(福井県立大学 教授)

2019.12.30

 近代資本主義国家が成立した19世紀以降,国際経済は急激に拡大し続け,今や,中小企業でも海外での取引を手掛けるのが当たり前の時代になってきた。一方,国際ビジネスに関して,長い間,空白地帯となっていたのが国際ビジネスにおける倫理的課題にどう対処していくかであった。雇用条件,人権,汚職,環境汚染,権力行使に関する多国籍企業の倫理的義務は必ずしも明快ではない。国際ビジネスの観点からは,何が倫理的なのかは,その人の文化的な立場によって異なるとする意見もある。いわゆる「郷に入っては郷に従え」の立場である。

 ところが今,これまで不可能と思われてきた国際ビジネスに関する倫理的規範が生まれつつある。ここでは,まず,海外でのビジネス活動に関して,おそらく最も議論を呼んだ米政府の規制である「海外腐敗行為防止法(FCPA)」について取り上げる。そして,そうした規制の国際的な広がりとその意味について考える。

 2008年12月,シーメンスが米独両国政府による訴訟の和解に応じて,罰金16億ドルの支払いに同意した事件に世界は驚愕した。両国政府によると,シーメンスはそれまで世界各国で贈賄を繰り返していた。国外での贈賄が罪に問われたのは,1977年に成立したFCPAが適用されたためである。一方,シーメンスの汚職はドイツの企業風土に深く根ざしたものだった。1999年まで,ドイツでは外国の公務員に賄賂を贈ることが法律で禁じられていなかったばかりか,事業活動費として税額控除の対象にすらなっていた。こうした風土を反映し,シーメンスは海外ビジネスにおいても,賄賂が横行している国では,その国の慣行に従った。これは,「国際ビジネスを規制するのは不可能ではないか」といった暗黙の共通認識の下,言わば,プラトンが著書『国家』において思想実験を行った「ギュゲスの指輪」を付けたのと類似の状態が国際ビジネスにおいて起こっていた可能性があることを示唆している。

 しかし,そうした国際ビジネスにおける倫理的空白地帯は次第に消滅しつつある。FCPAは米国に上場している外国企業も対象となるほか,「贈賄行為の一部」が米国内で行われた場合は米国に拠点がない外国企業であっても対象となる。日本企業も,これまで,日揮,丸紅,パナソニックなどが,ナイジェリア,インドネシア,中東などでの贈賄が発覚してFCPAの適用対象となり,合計7億1180万ドルの和解金や罰金を米国当局に支払っている。贈賄防止への本格的な取り組みは国際的な広がりを見せており,OECDは1997年,「国際商取引における贈賄の防止に関する条約」を採択し,日本を含む加盟国に対して,外国公務員への贈賄行為を刑事犯罪とするように義務付けている。シーメンスのケースでは,ドイツ政府は1999年,OECDの贈賄禁止条約を批准し,外国公務員に対する贈賄を禁じる法律を制定していたこともあり,米国に捜査協力した経緯がある。世界各国の捜査当局間の連携も進んでおり,日本企業の海外子会社に対する監督責任も重みを増している。

 さらに,2003年,メキシコでの国連総会で国連腐敗防止条約(UNCAC)が採択され,すでに177カ国が批准を済ませている。UNCACはグローバル・コンパクトの10原則にも組み込まれるなど,こうした動きは中国やASEANなど日系企業が多く進出するアジア諸国にも広がっている。

 しかし,途上国ビジネスに深く浸透している汚職や贈賄をいきなり一掃しようとしても現実的ではないだろう。より公正な競争空間を実現するには,例えば,一時的に避難可能な緩衝地帯を設けることも必要と思われる。FCPAおよびOECDの条約は,こうした点に鑑み,通関手続きなど,通常の行政サービスの円滑化のための少額の支払いであるファシリテーション・ペイメントに関しては適用対象外としている。ただし,支払い目的が手続きの円滑化を逸脱した場合は,たとえ少額でも摘発対象となる点に留意する必要がある。

 これに対して,英国の贈収賄禁止法(UKBA)や日本の「不正競争防止法」第18条(外国公務員等に対する不正の利益の供与等の禁止)はFCPA同様,域外適用されるが,ファシリテーション・ペイメントを免責対象とはしていない。一方,UKBAでは,唯一,適切な内部統制措置を導入していた場合に限り,当該企業は免責となる。同様の免責措置はタイでも2017年に導入されている。

 まとめると,これまで,ギュゲスの指輪のごとく,実体がわからず見逃されてきた海外での贈収賄に対して,国際的な法(ノモス)の整備による監視の輪が広がっている。企業はこうした変化に対応した倫理戦略を構築する必要に迫られている。ここで,誰でも思い浮かぶのはコンプライアンス教育やデューデリジェンスの徹底であろう。しかし,国内はともかく,海外子会社を含めてとなると,果たしてどれだけの企業が対応可能であろうか。こうした中,贈収賄の防止に関する世界初の国際規格であるISO37001が2016年に制定され,双日が2019年11月,日本企業として初めて同認証を取得した。またしても,「ルールの競争」で西欧に先を越された感は否めない。一方,日本規格協会では,ISO37001のJISへの適用は現時点で考えてはいないとのことである(12月24日,筆者の電話でのヒアリングによる)。いみじくも,日本での取得企業が1社のみという事実が,日本におけるこの問題への関心の低さを物語っている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1592.html)

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