世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1588
世界経済評論IMPACT No.1588

グリーンタクソノミー法が成立:EUの気候中立政策は後戻りしない段階へ

金子寿太郎

(国際金融情報センター ブラッセル事務所長)

2019.12.30

 今月初に発足したフォン=デア=ライエン欧州委員会の最優先政策はグリーンディールである。今月11日,欧州委員会は,2050年までにEUで気候中立(温室効果ガスのネット排出量がない状態)を実現するとの目標を掲げ,欧州グリーンディールに関する政策文書案を公表した。

 気候中立目標の実現には,巨額の投資が必要である。これを公的資金のみで賄うことは現実的ではないため,プライベートセクターの資金を十分に振り向けられるか否かが鍵となる。欧州委員会は,環境・社会・コーポレートガバナンス(ESG)に考慮したサステナブルファイナンスの振興を推し進めている。

 投資家に比較可能な情報を提供し,グリーンウォッシングな(環境に配慮しているかのように偽装された)金融商品を市場から排除するためには,環境保護等の観点からサステナブルな経済活動を分類・定義するためのリスト(タクソノミー)が不可欠である。18年3月に欧州委員会が公表したサステナブルファイナンスに関する行動計画において,タクソノミーは計画全体の土台と位置付けられている。

 欧州委員会は18年6月に,タクソノミー法案を公表した。石炭産業を抱えるドイツ,ポーランドなどと原子力産業を抱えるフランスとが発電方法等を巡って対立した結果,同案の審議は難航した。しかし,今月18日に加盟国政府の代表である閣僚理事会は反対国なしで法案を採択した。欧州議会もこれを受け入れた結果,同日に政治合意が成立し,遂に最終案が固まった(法案が最終的に成立しEU官報に掲載されるまでには,なお整合性チェックなどの技術的な作業を要するものの,政治合意により実質が確定)。

 タクソノミー法は,加盟国に直接効力を及ぼすEU規則として,タクソノミーの枠組みを規定するものである。タクソノミーをサステナブルな経済活動のみを記載するホワイトリストと位置付けている(サステナブルではない経済活動は記載されない)。タクソノミーに記載される具体的な経済活動,重要概念の定義,閾値等の詳細は,欧州委員会が委任細則(Delegated Act)として今後規定する。タクソノミーに記載されるには,①気候変動の緩和,②気候変動への適応,③水・海洋資源の保護,④循環型経済への移行,⑤大気・水質・土壌汚染の防止,⑥生態系の保護,といった6つの環境目的のうち少なくとも1つに資するほか,他の環境目的に重大な害を及ぼさないこと(do no significant harm/DNSH基準),科学的な根拠に基づくスクリーニング基準(閾値等)に準拠すること,などの要件を満たす必要がある。

 欧州委員会は,サステナブルファイナンス政策の一環として,産業界,学界等の有識者で構成される専門家グループ(Technical Expert Group/TEG)を18年6月に立ち上げた。タクソノミーについては,委任細則の原案とすることを企図して,具体的な記載項目の選定等をTEGに委ねている。TEGは,当初1年間だった任期の延長を経て,19年末に解散した後,20年1月に発足するPlatform on Sustainable Finance(PSF)という新たなグループに作業を引き継ぐことになっている。PSFには,タクソノミー記載項目案等に関する最終報告書を数か月の内に公表することが求められている。

 タクソノミー法は,幅広い経済主体に対して,サステナブルな経済活動に関する開示義務を課すことになった。公益性の高い上場企業(PIE)のうち従業員数が500人を超えるものについては,金融機関のみならず,一般事業法人もタクソノミーに準拠した経済活動に関連する売上高や投資または支出の一部を年次報告書に記載することが義務付けられる。

 欧州の銀行業界がサステナブルファイナンスに貢献するインセンティブを求めていることを受け,「グリーン支援ファクター」という概念が議論されている。グリーン支援ファクターは,金融機関のエクスポージャーのうちサステナブルな投資プロジェクトに対して,リスクウェイトの引き下げなどを通じて,資本規制上優遇するものである。欧州委員会のドンブロウスキス上級副委員長(金融サービスほか担当)は,環境に配慮した事業を支援する銀行を対象に,資本コストの削減を検討する旨表明しており,将来的に,タクソノミーがグリーン支援ファクターの土台になる可能性もある。反対に,サステナブルではないエクスポージャーに高いリスクウェイトを適用する「ブラウン懲罰ファクター」という発想もある。

 タクソノミー法の施行は2段階で開始されることとなった。気候変動の緩和と適応に貢献できる経済活動については,欧州委員会が20年末までに委任細則を公表した後,21年12月に施行される。その他の環境目的については,欧州委員会が21年末までに委任細則を公表した後,22年12月に施行される。

 石炭を含む固定化石燃料は,化石燃料の中でも最も多く二酸化炭素を排出する。このため,これらに対する投資をタクソノミーから除外することが明記された。一方,天然ガスや原子力は,二酸化炭素排出量をゼロにする手法や技術が確立されていない分野における現時点でのベスト・プラクティス(移行活動)として,ひとまずタクソノミーからの除外を免れた。もっとも,その許容度は,今後,欧州委員会が委任細則の中で定めるDNSH基準の定義や具体的な閾値次第である。いつまでもタクソノミーに残される保証はない。

 欧州委員会は,グリーンディールに関する政策文書案の中で,サステナブルな経済・社会の実現に向けEUがグローバルリーダーになることを目指すと標榜している。グリーンディールにおける環境目標は,欧州の行動を変革するだけでは達成できないとも指摘している。気候変動のような環境課題は,地球規模での対応が必要だからである。欧州委員会はサステナブルファイナンスに関する国際的プラットフォーム(IPSF)を今年11月に立ち上げた。EUは,NGFSと呼ばれる世界各国の中央銀行・監督当局間のネットワークでも主導的な役割を果たしている。

 ドイツがタクソノミー法案審議の最終段階で賛成に転じたことの意義は大きい。ドイツでは,22年までに国内の原子力発電所を全て停止する,という政府の方針を見直す動きも出始めている。この背景には,気候変動が国民的な関心事として,重要な政治課題になっている状況がある。EUの議論は,もはや後戻りしない段階に到達している。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1588.html)

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