世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1579
世界経済評論IMPACT No.1579

金融包摂とSDGs

川野祐司

(東洋大学経済学部 教授)

2019.12.16

金融包摂は人々の生活を改善させる

 2030年を目標としたSDGs(Sustainable Development Goals)では,環境に配慮しつつ経済的立場の弱い人々の生活を向上させることがうたわれている。その中には,金融面での改善も含まれており,項目1.4「男女を問わずにマイクロファイナンスを含めた経済的リソースにアクセスできるようにすること」,項目8.10「銀行や保険などのサービスを全ての人が利用できるようにすること」,項目10.C「国際送金の手数料を3%未満に抑えること」など具体的な目標が立てられている。

 所得の低い人々はこれまで金融サービスにアクセスすることが難しかったが,新たな技術や工夫により,金融サービスが使えるようになりつつある。これを金融包摂(financial inclusion)という。グラミン銀行は銀行の支店を移動型にして,人的担保の方法を工夫することで信用スコアのない人々への少額融資を可能にした。

 2010年代に入ると,金融に新しい技術を取り込んだフィンテックが金融包摂を進めている。電子マネーは日本やアジアだけでなく,サブサハラ地域でも普及期に入っており,中でもケニアのM-Pesaはよく知られている。銀行口座のない人も電子マネーを使えば個人間で送金ができ,国際送金に対応しているサービスもある。

金融包摂は援助ではない

 日本では途上国を援助の対象として見る人が多い。確かに基本的なインフラが不足しており,何より資金が不足していることから,援助に目が行くのは自然なのかもしれない。しかし,援助は支援側の論理で進められるために,必ずしも現地のニーズに合ったものが提供されるわけではない。特に日本人の発想は箱モノに行きがちだが,金融サービスのようなサービスの改善が抜け落ちてしまう。また,無償で様々なものを与えることは,現地の人々の尊厳を傷つける。援助ではなくビジネスとして成り立たせることで,途上国の人々が経済的にも社会的にも自立でき,現地の人々のニーズにあった持続可能なサービスを提供することができる。

 携帯電話やスマートフォンの普及の背景には安価な端末があるが,画用紙ほどの大きさのミニ太陽光パネルも大きな役割を果たしている。ミニ太陽光パネルの購入代金は,電子マネー事業者などから借り入れる。パネルの購入者は近隣の人々のスマートフォンを充電させることで売電収入を得ることができ,それが返済原資になる。電子マネー事業者には購入者の電子マネー利用履歴があるため,これを信用スコアの代わりとして使うことができるだけでなく,パネルの売電収入を見込んで貸付が行える。フィンテックが新たなビジネスを生み,2017年には200万枚にミニ太陽光パネルが販売されている。

 スマートフォンを手に入れることで途上国の人々が相場情報を手に入れられるようになり,農産物や海産物の販売交渉において情報劣位な状況から脱しつつある。電子マネーの貯蓄口座を提供しているサービス事業者もあり,ブルキナファソやネパールなどでは貯蓄の増加が見られている。中国のアントフィナンシャルは,送金サービスのアリペイとともに信用スコアサービスのゴマ信用も展開している。これまで信用スコアのなかった人々に借入サービスを提供するとともに,アントフィナンシャルは金利収入やデータ利用からの収益を上げられるようになっている。

先進国にも恩恵

 スタートアップ企業や社会的起業者が従来の金融サービスから資金を調達することは困難だったが,クラウドファンディングやICO(Initial Coin Offering)を使うことで資金を調達できるようになり,イノベーションの加速や社会の改善に貢献しつつある。

 先進国では,金融に他のサービスをバンドルさせることでさらなる改善が期待できる。ヘルスケアは有望な分野であり,予約,診療,支払い,処方箋,保険請求,税還付などの面で新しい技術を組み合わせることで効率化を実現し,社会問題の解決が期待できる。そのためには,医療関連のデータ共有が鍵となる。

金融疎外を生まないために

 新しい技術が世界で金融包摂を実現させているのは間違いない。しかし,取り残される人々も多く出てきており,本当のボトム層に恩恵が行き渡っていない。例えば,アメリカでは銀行口座のない人々(unbanked)が840万世帯,イギリスでも130万人に上る。スマートフォンなどのデバイスを購入できない人々,障碍などでデバイスを十分に活用できない人々も存在する。例えば,日本のキャッシュレス化ではQRコードの利用が勧められているが,視覚障碍者がスマートフォンを活用して支払うのは簡単ではない。これらの人々は金融疎外(financial exclusion)されている。

 送金や貯蓄などの金融サービスは全て人々にとって生活の基盤であり,より安く,より便利に使えるようにする必要がある。金融包摂から取り残される人なく全ての人に恩恵を及ぼすようになってこそ,SDGsの目標は達成されるといえるだろう。新しい技術や工夫(アイデア)が必要とされている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1579.html)

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