世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1568
世界経済評論IMPACT No.1568

米国232条自動車輸入規制,実施不能

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2019.12.09

 米国政府は国家安全保障に基づく自動車・同部品の輸入規制協定について,11月13日までに発表するはずであった。しかし,14日以降もまったく発表がない。不審に思い,ネットで検索を続けると,米大統領が規定された期限までに協定を締結できなかったため,もはや1962年通商拡大法232条(いわゆる国防条項,以下,232条と略)による輸入規制は実施が不可能となったとの見方が,米国の多くの通商専門家から出されていることを知った。

 10月7日に署名された日米貿易協定に関する日本の国会審議で,政府は日本車に追加関税を課さないとの約束をトランプ大統領から取り付けたと説明している。一体,米国では何が起こっているのだろうか。ネット検索などから得た材料を基に,米国の状況を検討してみよう。

米通商法専門家の見解

 「232条の発動が不可能となった」と最初に報道したのは,ロイター通信であったようだ。11月19日(火曜日)付のニューヨーク・タイムズ紙(電子版)は,“Trump Can No Longer Impose ‘Section 232’ Auto Tariffs After Missing Deadline: Experts”(専門家の見解:期限を守れず,232条によるトランプ大統領の自動車関税賦課は不可能)という見出しで,ロイター通信のDavid Lawder記者が書いた記事を掲載している(注1)。

 この記事は,冒頭,米国通商法の専門家の見解を二つ紹介している。ひとつは,「232条に基づく,トランプ大統領の自動車・同部品に対する輸入規制は,232条で規定された期限(タイム・リミット)を守らなかったため,発動が不可能となった」というもの。もう一つは,「トランプ大統領が欧州車または日本車の輸入を規制するためには,232条以外の他の手段を見出さねばならない」というものである。

 この記事は続いて232条の来歴に触れた後,上記の通商法専門家の見解の根拠が,11月15日(金曜日)(注2)に発表された米国国際貿易裁判所(以下,CIT)の判決にあるとしている。判決は,トルコから輸入された鉄鋼製品に対して,トランプ大統領が2018年に232条に基づき追加関税を25%から50%に倍増させたのは違法だとし,トランスパシフィック・スティール社(以下,TS社)がCITに提訴し,勝訴したケースである。被告の米政府は完全に敗訴した。

CITの判決と米政府敗訴の理由

 CITは米政府敗訴の根拠として,232条が定めた期限の違反と米国憲法修正5条違反の二つを挙げている。

 前者の問題は,次のとおりである。トランプ大統領は商務長官の232条報告書に同意し,2018年3月8日付の大統領布告9705によって,全輸入相手国からの鉄鋼製品輸入に25%の追加関税を課し,トルコからの輸入に対しては,同年8月10日付の大統領布告9772によって25%の追加関税を倍の50%に引き上げた。

 232条は,商務長官から報告書を受理した日(2018年1月11日)から90日以内,つまり4月11日までに大統領は取るべき措置を決定し,その後15日以内に決定した措置を実施すると規定している。この日程からすると,前者の3月8日に25%の追加関税賦課を決定したケースは,232条の期限前に実施されている。しかし,後者の8月10日に50%の追加関税賦課を決定したケースでは,決定した日が商務長官から報告書を受理した日から211日が経過し,期限の90日を大幅に超過し,232条に違反している(注3)。これについてCITは,232条手続きの期限は単なるロードマップ上の道標ではなく,大統領の権限を抑制するために大統領に義務付けたものであり,期限を守らなかったことによって,米政府は50%の追加関税を課す権限を喪失したと判定した。

 一方,後者の憲法修正5条違反については,トルコからの鉄鋼製品輸入が中国などからの輸入より少ないにもかかわらず,トルコだけを特定して50%の追加関税を課したのは,適正な法手続きに反すると判定し,CITは米政府にTS社が収めた関税の還付を命じた。

自動車・同部品も232条違反

 米政府がEUや日本等と締結するとしていた自動車・同部品の輸入規制協定も,期限までに締結されなかった。これは上述した鉄鋼製品に対するCITの判決からすれば,同様に232条の期限に違反したことになる。協定の締結プロセスについて,232条は次のように規定している。

 大統領は商務長官から当該品目の国家安全保障に関する報告書を受領した日から90日以内に,輸入制限協定の締結交渉に入ることを決定し,決定した日から180日以内に協定を締結する。協定が締結されない,または締結された協定が実行されない,または国家安全保障への脅威の排除に協定が効果を発揮しない場合には,大統領は他の必要な措置をとる。大統領はこれら措置および追加措置について官報(Federal Register)に発表する。

 上記の232条の規定に従って,トランプ大統領は商務長官から報告書を受領した2019年2月17日から90日が経過する1日前の5月17日に大統領布告9888を発出し,米国通商代表に対して,EU,日本および通商代表が適切と判断した国と輸入規制協定の締結交渉を開始するよう命じた。しかし,トランプ大統領は232条が定めた期限である11月13日以前およびその以降も協定を締結したとも,しなかったとも,あるいは他の必要な措置をとったとも公表していない。官報にも発表はない。鉄鋼製品に関する上述のCITの判定に従えば,期限日までに協定を締結しなかったことは,政府の232条規定違反である。ここから,輸入規制の実施は不可能となったという通商法の専門家の見解が出てくる。

米政府の認識

 米国政府もCIT判決を深刻に受け止めているようだ。米国の政治専門のインターネット新聞「ポリティコ」の貿易専門ニュース,POLITICO’s Morning Tradeは,11月22日(金曜日)付で “TRUMP MULLING NEW TRADE ACTION AGAINST EU”(トランプ,EUに対する新たな貿易行動を熟慮中)と題して,次のように報じている。

 CITが判決を下したため,232条による自動車関税の賦課が法的挑戦を受けやすくなったとの認識が高まり,ホワイトハウスは戦略転換を急いでいる。トランプ政権はEUの対米自動車輸出に圧力を掛け続けるための手段をあわただしく探し求めており,関係者によると,その手段として,232条よりも包括的に対応できる1974年通商法301条の援用が検討されている。

 232条を使って自動車の輸入を規制するリスクは,ジェニファー・ヒルマン・ジョージタウン大学法学部教授も指摘し,「大統領が232条で輸入規制を行えば,法的挑戦を受けることは必至だ。挑戦を受ければ負ける」と語っている。なお,同教授は米国通商代表部の元法律顧問,WTO紛争解決機関の元上級委員会委員,現在は外交評議会シニア・フェローである。

 もともと自動車・同部品に232条により追加関税を課すことは,関係業界,議会などからの反対が強く,そのためにトランプ政権は輸入規制協定の締結交渉を選択したものと思われる。しかし,その結果を全く発表しないのは極めて異常である。議員などから再三要求されている商務長官の232条報告書も公表を拒んでいる。鉄鋼製品に対するCITの判決からすれば,自動車・同部品の場合も232条が定めた期限に違反し,232条の発動が不可能になったことは,トランプ政権にとって不都合な真実である。次にトランプ政権がどのような対応を打ち出してくるか,注視しなければならない。

[注]
  • (1)ロイター通信の配信記事は他の新聞などにも掲載されている。“Trump’s ‘Section 232’ auto tariff authority runs out of time”という見出しの記事もあるが,内容はほぼ同じである。
  • (2)記事では月曜日(18日)と書かれているが,CITが判決文を公表したのは金曜日(15日)である。
  • (3)期日の算定はすべ暦日ベース。
[参考]
  • 本コラム2018年4月2日付No.1044 「米国国防条項の発動の疑問と問題点」および同2018年7月9日付No.1109「米国の自動車輸入:232条調査の疑問と問題点」
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1568.html)

関連記事

滝井光夫

最新のコラム