世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1550
世界経済評論IMPACT No.1550

高等教育のあり方について:日本型市民社会形成の条件

高橋岩和

(明治大学 名誉教授)

2019.11.25

 定年前の三年間,勤務する大学の法学部一年生に「法律リテラシー」という20人毎に機械的にクラス分けされた半期科目(三か月)を担当した。この科目は六法全書の使い方,文献検索の仕方などを教える導入科目であるが,主眼は討論と論文執筆にあると告げて,受講生たちにまず討論のテーマのアンケートを取った。上位二テーマは少年法の適用年齢,安全保障法制のありかたであったので,それぞれのテーマで二チーム(一チーム十名)を作らせた。それぞれのテーマで討論できるように論点を設定してー少年法のチームであれば,適用年齢引き下げに賛成と反対でディベータ―を分けたー準備をさせた。討論は,司会者一名,討論者賛成五名・反対五名の計十名,陪審団五名として実施することとし,十名で足りないところは他のテーマの担当の者から補充することとした。

 安全保障法制のチームについては「日本のタンカーが南シナ海航行中国籍不明艦船に拿捕され,いずれかの港に連行される途中であったところ,日本の海上自衛隊の艦船がそれを発見した。同自衛隊艦船はどのような行動をとるべきか」というケーススタディーとした。討論となり,まず,一方のチームが自己の主張を一枚の紙に書いたもの(立論書)を相手方に配布し,それに沿って自己の主張を述べた。それから,どちらか一方のチームが15分間一方的に自己の主張をおこない,相手方チームは防御の論陣をはるのみということをおこなった(反対質問は禁止)。その後,同じことを相手方チームについても行った。その後作戦タイム5分を挟んで,20分間,双方発言自由という自由ディベートを行った。最後に双方最終弁論ということで,相手方の議論に言及しつつ自己の議論の最終陳述を行った。討論はこれで終了し,陪審団が別室で10分間の評議に入った。その後陪審団委員長から勝ち組とその理由の報告をさせた。最後に,二十名全員で車座となり,各自にディベートでの立場を離れて個人的意見を述べる「ディスカッション」の時間を持った。

 このテーマでの討論はもう一週行うこととし,少年法チームの十名にも上記と同じ要領で討論をおこなってもらった(データは安全保障チーム作成分を提供してもらった)。その上で,もう一週かけて,このテーマでの討論を英語で行うこととし,ディベータ―の選抜を行った。名乗り上げる学生も多く討論者各五名,合計十名が決まったので,司会者二名,陪審団五名も選抜した。討論の当日は,全体にいつものゼミより緊張感が漂っていたが,各チーム英語の得意な者が討論の口火を切り,他のディベータ―も発言するようになった。各チームのメンバーは全員発言することが討論のルールであり,発言しないものについては陪審団によりマイナスの評価を受けることになるので,各チームディベータ―五名はおおむねまんべんなく発言していた。前二回のディベートと同様に評決まで進んで,勝者が発表されて,討論は終わった(評決の構成要素は,論理構成六割,熱意二割,チームワーク二割であった)。翌週には,履修者全員のレポートが提出された。英語で書かれているものも散見された。

 学生たちは,この討論が憲法の解釈論で行われるものとの私の想定を裏切り,日本語,英語バージョンを問わず自衛隊法の細かな解釈論でこの問題を互いに論じ合っていたことが印象的であった。法律リテラシーのクラスには,将来判検事,弁護士になることを志望するものも少なくなく,また入学し立てで英語の能力の高いものも少なくはなかったせいであったかもしれない。

 このような討論形式でのゼミナールは,学部専門課程でのゼミでも,ロースクールでの演習でも,はたまた法整備支援事業への参加で各国からの参加者への私の講義・演習(独禁法)の場合にも一貫して数十年に亘り小生がおこなってきたものである。各国からの参加者の中には,大学以来初めて眠らないで過ごした授業であったと感想を開陳するものもあり,一同大笑いとなる一コマもあった。

 長くなったが,経済のグローバル化は日本の国益そのものであり,日本がその牽引車であることをやめることは出来ない。その場合,自分の場合を含めて日本人はどうしても引っ込み思案となって,討論で自己主張をしたり,プレゼンを買って出たりすることに消極的となりがちである。しかし,討論と論文作成に秀でた人材の輩出は日本型市民社会形成の必須の条件であり,世界の模範となるためにも必要である。

 なお,論文作成について筆者のドイツでの見聞を記しておきたい。筆者の第一回目の在外研究先のフライブルク大学法学部での演習(一学期間毎週一回夜八時から十時まで,その後は十二時まで居酒屋でコンパと絡めて継続する。)では,学部四年生である履修生の作成するセメスター末の提出論文は分量は概ねA4で本文二十頁,注記数ページで,学者の専門論文と,内容は別として外形は全く同じであった。ドイツでは司法試験受験は原則二回のみ許され,学部在学中の成績は合否の判定の重要な一要素とされている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1550.html)

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