世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
天皇の象徴性と帝国憲法
(明治大学 名誉教授)
2025.11.03
1.日本国憲法第1条は,「天皇は,日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって,この地位は,主権の存する日本国民の総意に基づく」と規定する。このような日本国憲法の天皇の地位に係る規定は,天皇を「統治権の総覧者」かつ「陸海軍の統帥権者」と定める帝国憲法の規定を全面的に改めたものである。
この憲法改正に到る経緯をみておくと,昭和天皇と帝国政府は1941年(昭和16年)12月に大東亜戦争(太平洋戦争)を開戦したが,1945年(昭和20年)8月にいたり,米英等連合国のしめす戦争終結の条件であるポツダム宣言を受諾し,同戦争を終結させた。同宣言は和平の条件として,天皇の国家統治の権限を認めるとともに,「戦争犯罪人の処罰」「日本における民主的傾向の復活・強化」などをその内容とするものであった(ポツダム宣言および天皇・帝国政府の申し入れに対する回答参照)。
アメリカを中心とする連合国の占領地統治下で,昭和天皇は,その国家統治の権限は連合国軍最高司令官の制限の下におかれつつも,1946年(昭和21年)3月5日に,帝国憲法の改正規定(第73条)にしたがって,同憲法に国家再建の礎(いしづえ)となるような根本的変更を加えることを決意し,その旨を下命した。
昭和天皇のこのような決意は,新日本建設の詔書(1946年1月1日)において,「朕(ちん)の信頼する国民が朕とその心を一にして,自ら奮い,自ら励まし,もってこの大業を成就せんことを庶幾(こいねが)う」と述べて,「君民一体の国」を新生日本において創りだそうとする意志の表明のうちから読み取れるものであった。
帝国憲法改正案は,衆議院議員総選挙―1946年(昭和21年)4月10日―後の帝国議会臨時会(憲法制定議会)に政府法案として同年6月25日に提出され,衆議院および貴族院の審議をへて1946年10月29日の枢密院本会議に上程され「日本国憲法」として可決・成立した。
日本国民は,象徴天皇に係る規定をふくむこのような帝国憲法の根本的な改正を天皇主導の自主的な改正と理解して,歓迎した。当時はGHQ(連合国軍総司令部)の報道統制があり,帝国憲法の改正がGHQ主導によるものであることは秘されており,国民はGHQと天皇・帝国政府の水面下での交渉を知る由もなかった。
Ⅱ.帝国憲法改正における争点の第一は,主権の所在が天皇から国民に変わったことにより,帝国憲法と日本国憲法は断絶しているのか(断絶説),あるいは両者間には継続的関係があるのか(継続説)ということであった。
断絶説は,改正が帝国憲法の改正規定によるものであったとしても,主権の所在が天皇(君主主権)から国民(国民主権)に変わったのであるから日本国憲法は帝国憲法と実質的に断絶していると解されるべきであると説くものである。この説は憲法学界における通説である。これをもっとも徹底させたものは「8月15日革命説」であって,宮沢俊義東大教授の唱えたものである。こんにちでも東大の憲法講義ではこの説が説かれているといわれる。
継続説はこれに対して,日本国憲法は帝国憲法の改正法であって両者間には断絶はないとして概要をつぎのように説明するものである。
主権者たる天皇の憲法制定権力の行使(ご聖断にもとづく改正の発議と裁可)により国民が主権者とされたものであり,この場合天皇も国民の一人として主権者たる地位にある。天皇と国民一般との異なるところは,天皇が日本国の歴史と伝統に基づいて国民全体の代表たる地位につかれているという点にある。このような天皇の特殊な地位をしめすものが「(天皇は)日本国民統合の象徴である」という日本国憲法第1条の文言である。
断絶説と継続説のいずれを取るべきであろうか。筆者は継続説を支持しておきたい。断絶説については,ポツダム宣言が天皇・帝国政府に対して降伏の条件を提示したものであって天皇・帝国政府はそれを受諾したものであり,そこには「国民による革命」といった要素がなかったことは明らかであろうからである(同旨,大石眞『日本憲法史』有斐閣)。
継続説については,帝国憲法改正案を審議した帝国議会(衆議院・貴族院)において,第一次吉田内閣の憲法担当国務大臣金森徳次郎(前内閣法制局長官)が帝国憲法の改正理由として一貫してこのような趣旨の答弁をおこなうものであった。同説により国民主権をこのように解することにより日本国は名実ともに「君民一体の国」あるいは「君民共同統治の国」となりうるものであった。新生日本の建設という大業は,「国民が朕とその心を一にして・・・・成就」するものであったのである。
Ⅲ.帝国憲法改正における争点の第二は,天皇が日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であるという規定のもとで,この天皇の象徴たる地位は帝国憲法における象徴としての地位とどのような関係にあると解したらよいであろうかという点であった。
およそ君主制国家では,君主は象徴としての地位と役割とを与えられてきたものである。このことは帝国憲法においても同様であった(芦部信喜・高橋和之補訂『憲法』岩波書店)。こんにちにおいても,たとえば立憲君主国スペインの憲法の「国王は元首にして国の統一と永続性の象徴である」との規定,英国憲法の「国王は大英帝国連邦の統一と永続性の象徴である」との規定のうちにこれをみることができる。
帝国憲法では,天皇の象徴たる地位は,天皇の統治権の総覧者としての地位が前面に出ていたため,背後に隠れるものであったとされる(芦部・前掲)。しかし,こんにちの日本国憲法では,天皇が「統治権の総覧者」としての地位を有するものではないことから,かわって象徴としての地位が前面に出てくることとなったものである(芦部・前掲)。
日本国憲法における天皇の象徴性はこのように帝国憲法における象徴性を継承するものであり,そこで象徴されるものは「日本国の統一と永続性」であると考えられよう。
この場合,同じ象徴といっても,「統治権の総覧者たる地位(天皇大権の保持者)」と結びついた場合の象徴性と「一定の国事に関する行為をおこなうもの」である場合の象徴性とは「本質的に異なる」といわれている(芦部・前掲,なお横田耕一・江橋崇編『象徴天皇制の構造』日本評論社,1990年)。
この点,たしかに帝国憲法においては統治権の総攬(英語訳では主権性)と(主権性と結びついた)象徴性は結合関係にあり,日本国憲法においてはこのような君主主権と象徴性との結合関係はないといえよう。しかし,日本国憲法においても「日本国の象徴」としての天皇の地位は「一定の統治権の行使(天皇の一連の国事行為および天皇の元首性)」と結びついている。
たとえば,内閣総理大臣は天皇の認証を必要とする官職であって,国会の議決で指名された者(憲法第67条)に対して天皇がこれを任命する(憲法第6条)ものである。この国会の議決による指名を受けた「天皇による任命」は国事行為であるが,このような「憲法の定める国事行為」も広い意味での「国政に関する権能」のうちであるといえよう(憲法第4条参照)。
なお,この天皇による内閣総理大臣の任命(天皇による認証の儀式)は報道により国民が映像で普通にみることのできるものであり,国民においては「この儀式を通じて」天皇の象徴している日本国の統一と永続性を「可視化されたかたちで感じること」のできるものであろう。また国民は同様に,天皇の即位の礼における知仁勇の三徳を象徴する三種の神器の継受の儀式においても,「統一体としての日本国の姿とその永続性」を見て感じることができるものであろう(以上(「象徴天皇の可視化」の重要性については岡田亥三郎編著『日本国憲法審議要録』盛文社,1947年にまとめられた帝国議会での審議における議員たちの発言を参照した)。
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