世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1514
世界経済評論IMPACT No.1514

対中ビジネスにおいて重要性を増す知財戦略

真家陽一

(名古屋外国語大学 教授)

2019.10.21

 米中摩擦の焦点の一つとなっているのが知的財産権だ。USTR(米通商代表部)は2018年3月,通商法301条の発動根拠となった調査報告書を公表した。そこでは,中国政府は,①技術移転を目的として米国企業の中国事業を規制,干渉している,②中国企業による米国企業の組織的な買収を指示している,③米中の企業間の市場原理に基づく技術契約の締結を妨害している,などとしている。

 日本は中国の知財問題をどうみているのだろうか。日本貿易振興機構(ジェトロ)が日本企業に中国におけるビジネス環境の課題は何か,と聞いたアンケートによれば,「知的財産権の保護」を挙げた回答率は40.5%。「人件費の上昇」(46.6%)に次ぎ,2番目に回答率が多かった。

 知財関係のうち,古くて新しい問題といえるのが模倣品被害である。特許庁の調べによると,自社の模倣品が「中国で製造されている」という日本企業は4703社,「中国で販売されている」とした企業は2446社あった。製造,販売とも海外における被害としては中国が圧倒的に多い。

 このように模倣品が依然としてはびこる中国ではあるが,一方では自国の産業育成,技術力強化のために,知財強国へと転換しようとする努力も続けている。中国が知財関連の法整備を始めたのは1980年代に入ってからだ。82年に商標法,84年に特許法などに相当する専利法を制定した。

 中国が政策として知財戦略に本格的に乗り出したのは2000年代になってからで,08年に「国家知的財産権戦略綱要」を制定して,ここで知財を国家戦略の一つに掲げた。さらに,16年に発表した第13次5カ年計画(16~20年)で「知財強国」を国家目標に位置付けた。現在は35年に向けた知識産権強国戦略大綱を策定中で,来年公表の予定という。

 特許出願件数については,この10年,中国は急速に増加させている。国内における出願件数を見ると,2011年に世界最大となり,2017年は138万件と,米国の61万件,日本の32万件を遥かに上回っている。国際特許の出願件数も17年に日本を上回る世界第2位となっており,18年は5万3,345件で,首位の米国(5万6,142件)に肉薄している。

 中国が出願する特許の質はどうなのだろうか。日本の経済産業省が毎年出している「通商白書」の2019年版は日米中の特許出願(12~16年の累計値)を比較している。産業別に件数をみると,3カ国ともに「次世代IT産業」が最も多いが,米国は8万2,000件,中国は6万5,000件,日本は1万6,000件と日本は中国の4分の1程度に過ぎない。

 しかし,特許の評価額を比べると,次世代IT産業において,中国は1,486億ドルだったのに対して,日本は2,954億ドルと逆に中国の約2倍の規模となっている。この統計をみる限り,中国の特許は「出願件数は多いが,価値はまだそれほど高くない」といえそうだ。

 他方,筆者が技術に詳しい関係者にヒアリングしたところでは,「特許出願には人材と資金が必要。件数が日本を上回るということは,人材と資金が上回っていることを示唆する」「その意味で将来に対して警鐘を鳴らさないといけない」という意見もあった。

 別の統計を見ると,中国の特許戦略の大きな変化もうかがえる。国家知識産権局の発表によると,2019年上半期の国内の出願件数は前年同期比13.6%減の64万9,129件。ここ数年,右肩上がりで増え続けてきたのが,上半期ベースでマイナスに転じたのだ。

 なぜ今,出願件数が減っているのか。現地で関係者にヒアリングしたところ,大きく三つの理由があげられた。一つは,企業などの出願元が国内ではなく国際出願にシフトしている可能性がある。研究開発には限りがあり,貴重なリソースを国際出願に振り向ける傾向が表れ始めた。次には,米国など海外からの批判が多い補助金の減少がその理由という。従来は地方政府などが特許を出願した時に補助金を支給してきた。無暗な出願を減らすために,特許を取得してから支給する方式に変更したため,補助金目当ての出願が減ったのだという。三つ目は,政府も国際出願を増やすため,国内出願への支援を削減している,との見方もあった。三つの理由も説得力があるが,いずれせよ,中国は特許戦略について,「量から質へ」の転換を始めていると考えられる。

 「製造強国」への転換を急ぐ中国企業による,技術獲得だけを目的とした敵対的買収は回避しなければならない。米国とも連携しつつ,技術流出の防止に努めることも重要となる。対中ビジネスにおける攻めと守りの両輪による知財戦略の重要性はますます増していくと考えられる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1514.html)

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