世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1472
世界経済評論IMPACT No.1472

プーチン大統領とアイスクリーム

榎本裕洋

(丸紅経済研究所 経済調査チーム長 チーフ・エコノミスト)

2019.09.09

 ロシアのプーチン大統領はイメージ戦略の小道具によくアイスクリームを使う。ロシアのVedomosti紙によれば,プーチン大統領は2000年の国内出張時,2005/2011/2017/2019年の国際航空宇宙サロン(2年ごとに開催されるロシア航空産業見本市)で公務の最中にアイスクリームを購入している。報道によれば2005年と2019年は同時に2個も(おそらく自分用に)購入しており,単なる小道具を通り越して,プーチン大統領自身本当にアイスクリームが好きなのだろう。

 8月末に開催された今年の国際航空宇宙サロンはアイスクリームの話題で特に盛り上がった。今年はロシアとの関係深化が指摘されるトルコのエルドアン大統領がゲスト参加した。プーチン大統領はエルドアン大統領をエスコートしてパビリオンを見学した後,ロスコスモス(宇宙開発を担当するロシア国営企業)のパビリオンの角にある露店でアイスクリームを購入した。動画を見ると,エルドアン大統領がまずアイスクリームを選び,次にプーチン大統領はかなり迷った末,アイスクリームを2つ選び,エルドアン大統領の分も含め代金210ルーブル(1個70ルーブル×3個)に対し5,000ルーブル札を店員に渡した。その後プーチン大統領は店員に「お釣りはマントゥーロフ産業商務大臣に渡して」と伝え,同大臣に「航空機開発に使うように」とジョークを飛ばした(一連のやり取りの中で,紙ナプキンやお釣りの紙幣が風に吹き飛ばされそうになった時,これを防いだのもマントゥーロフ大臣だった。気が利く人物のようだ)。尚,直後にプーチン大統領から改めてマントゥーロフ大臣に「他の人にもアイスクリームを」といった旨の指示があり,マントゥーロフ大臣はそれに従った。因みにアイスクリーム(コーンカップに入った「スタカンチク(ロシア語で『コップ』)」というタイプ)を手にしたエルドアン大統領は「スプーンは?」と通訳を通じて店員に尋ねたが,プーチン大統領と店員は揃って「ない!」とこれを一蹴,エルドアン大統領もプーチン大統領とともにアイスクリームにかぶりつくこととなった。

 更に話題になったのは,プーチン大統領にアイスクリームを売った店員が,2年前にも同じイベントでプーチン大統領にアイスクリームを売っていたということがSNSの指摘で判明したことだ。当初は「ロシア連邦警護庁のアイスクリーム担当か」といった噂も飛び交い,ペスコフ大統領報道官が「同一人物か否か分からない。同イベントに毎回出店している企業もある。我々が答えるべき質問ではない」。などと回答する場面もあったが,その後マスコミを通じて店員の身元が判明した。店員はエカチェリーナ・サフラナヴァという女性で,彼女はマスコミに対し「自分の会社は国際航空宇宙サロンに出店するのは初めてではなく,自分は国際航空宇宙サロン支店のマネジャーである」「2017年に続きプーチン大統領に2回もアイスクリームを販売したのは全くの偶然」「販売時は動揺と気詰まりを感じた」「全て個包装されたアイスクリームだったのでスプーンは用意していなかった」などと語った。

 エルドアン大統領に対してもそうだが,プーチン大統領は外交でも「これ」という相手にはアイスクリームを贈る傾向があるようだ。ロシア外交にとって最重要アクターの1人である習近平主席には2016年/2019年に箱いっぱいのアイスクリームをプレゼントしている。そして実はもう1人,G7の首脳の中で「アイス好き」を自認する人物がいる。我らが安倍首相だ。10年位前,彼はテレビのトーク番組で某メーカーのアイスクリーム(イタリアの都市名を冠した社名)が大好きだと語り,番組中でもそれを食べていた。恐らくこの情報はロシア大統領府も把握しているはずだ。9月5日に開催された日ロ首脳会談では懸案の領土問題に大きな進展は見られなかったようだが,プーチン大統領が安倍首相に友好の印であるアイスクリームを贈る日は来るのだろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1472.html)

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