世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1458
世界経済評論IMPACT No.1458

南米チリで考えた日本のコンビニ決済問題

小原篤次

(長崎県立大学国際社会学部 准教授)

2019.08.26

 国際会議の報告と討論のため,南米チリの首都サンチャゴに初めてたどり着いた。暖房がないとつらい季節である。成田空港からテキサス州ヒューストン経由で1日以上の長旅だった。長崎から羽田を合わせると,フライトは2万キロ近く,この片道は,成田空港からサンフランシスコなど西海岸を往復した距離よりも遠い。日本からの距離ではアルゼンチンのブエノスアイレスとともに最も遠い地域である。

 時差解消のため観光スポットを散歩すると,カップルが時を忘れたかのような情景を簡単に目にする。人間関係が深い地域である。カソリックに根差した人間を大切にする文化の影響だろうか,深夜や日曜のちょっとした買い物に不自由する。深夜営業はネオン街と,アルコールやたばこを扱うその近くの雑貨店くらいのものである。働き方改革などという議論も必要なさそうだが,合計特殊出生率は2005年から2を割り込んで2017年で1.7と日本でいえば,1970年代後半から1980年代の水準にある。若者のライフスタイルは多様化しているというころだろう。

中南米では経済水準が高い

 サンチャゴの人口は700万人弱,全国で1900万人程度だ。チリの経済規模は,ブラジル,メキシコ,アルゼンチン,コロンビアに次いで5位である。一人あたり名目GDPは,ブラジルなど4か国を上回る。1万5000ドルを超えており,中南米の主要国では,ウルグアイに次ぐ豊かさである。

 米国のウォルマートはチリに375店舗出店している。日本の331店舗(主に西友)を超えており,米国に接するメキシコ(2,448店舗)を除けば,南米最大の店舗数を誇る。ウォルマートは5つのブランドでチリに進出しているが,いずれも営業時間は午後9時から10時にかけて閉店している。このほか,ウォルマートが南米に進出しているのは,北から,グアテマラ257店舗,ホンジュラス106店舗,エルサルバドル97店舗,コスタリカ257店舗,アルゼンチン92店舗である。

現金とクレジットカード社会

 ウォルマートの店舗数からも容易に想像できるのは,中南米のなかで,チリは米国と比較的良好な経済関係にあるということである。銀行では米国CITI傘下のチリ銀行を通じてリテール向けの支店網を持っている。このほか,スペインのサンタンデール銀行,ブラジルのイタウ銀行などが進出している。チリでは,もっぱら,クレジットカードのほか,交通系カードを利用したキャシュレス化が進んでいる。サンチャゴ地下鉄の支払は交通系カードに統一されている。ただし,タクシーは現金支払い限定である。中国が採用し,日本がキャッチアップしたQRコード,モバイル決済の普及は遅れている。もっぱら,VISAカードやマスターカードなど,クレジットカード,デビットカードによるキャシュレス社会にとどまっている。

 世界銀行が集計した人口10万人当たりのATM台数を見てみよう。2017年でデータがあるのが141か国,このうち1か国は2016年データがない。前年比の増減では60か国が減少している。

 キャシュレス化が進んだスウェーデンは2011年の45.2台がピークで,2017年は,29.2%減少の31.9台まで減少している。チリは2017年,2012年のピーク(68.2台)から20.4%減少し52.9台である。ピーク時でATM台数が多い国の40位に入っていた。2015年ではこの順位が70位以内に交代する。銀行の採算性や,オンラインショッピングの普及などからATMが減少してきたのだろう。日本はというと,2012年で,127.8台で世界9位である。2015年でも127.6台で順位は変わらない。金融機関設置のATMが減少してもコンビニなど流通業のATMがあるため,減少していない。もちろん利用者は減少しているから,ATMを減らすかどうかは,金融機関や流通業の経営判断だ。

日本のコンビニ決済問題の本質

 川野祐司先生が「2段階認証とは何か」で日本のコンビニ系の決済問題を書かれている。インターネット普及から20年以上,モバイル普及から10年以上経過しているのに,この状況はひど過ぎる。「見切り発車」と言われても仕方がない。日本を代表する流通企業だけに,技術大国やおもてなしの国などと言えない。日本では,キャシュレス社会を含むデジタル社会の対応が遅れていることを痛感させられた。日本企業の内部改革や意思決定の遅さを考えると,流通業で,役員会や部長会でまだ紙の資料が配布され,長期休暇が取りにくい体質が残っているのかもしれないと想像した。経営陣や管理職が新規事業を理解せずに,担当者や系列会社,外部委託先に,決済システムなどを変更するのは危険である。「他社もやっている」,「来年は東京オリンピックだ」のようなあいまいな経営判断がなかったのだろうか。決済システム変更の担当者が2週間くらい長期休暇を取らせる雇用環境であれば,一部の人間の理解だけでは業務が進まない。もしかしたら長期休暇が取りにくい,つまり計画的に業務にあたっていない体質が流通業に残っているのかもしれない。

 もし,デジタル社会の理解が不十分なら,チリのようにデビットカードやクレジットカードの利用促進に立ち返るのも悪くないと思う。あわてる必要はない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1458.html)

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小原篤次

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