世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1453

保護主義拡大下で交渉妥結が期待されるRCEP

清水一史

(九州大学大学院 教授)

2019.08.19

 世界の保護主義と貿易摩擦は更に拡大を続けている。8月1日にトランプ大統領は,中国からの輸入への高関税の第4弾を9月1日に発動すると表明した。これまでの第1弾から第3弾による2000億ドル分の輸入への高関税に加えて,3000億ドル分の輸入に高関税が掛かると,中国からのほぼ全輸入に高関税が掛かってしまう。8月5日には,アメリカは更に中国を為替操作国に指定した。アメリカが為替操作国を指定するのは,25年ぶりの事である。8月6日に中国は,対中制裁関税の第4弾への対抗として,アメリカらの農産品の購入を一時停止すると発表した。8月13日にアメリカは,第4弾においてスマートフォン等については関税発動を12月13日まで延期すると発表したが,米中貿易摩擦の着地点は全く見えない。

 世界で保護主義が拡大する中で,東アジアのメガFTAであるRCEPの交渉が進められている。8月2−3日に北京で閣僚会合(第8回中間閣僚会合)が開催され,これまでに妥結した7章に加えて,電気通信サービス附属書,金融サービス附属書および自由職業サービス附属書が妥結した。更に,市場アクセス交渉の3分の2以上が相互に満足のいく結果に至ったと,閣僚会合の共同メディア声明は述べた。RCEPは2011年11月にASEANによって提案され,16カ国で交渉が進められてきている。9月にはバンコクで次の閣僚会合(第7回RCEP閣僚会合)が開催され,11月の首脳会合での妥結を目指している。

 RCEPは,現代の世界経済にとって,大きな意味を持つ。RCEPは,世界の成長センターである東アジアのメガFTAである。交渉参加国は,ASEAN10カ国と日本,中国,韓国,オーストラリア,ニュージーランド,インドの16カ国である。世界の人口の約半分,世界のGDPと貿易総額の約3割を占め,実現すれば東アジアと世界の経済に大きなプラスの影響を与える。

 RCEPは大きな効果を持つ。第1にRCEPの実現は,東アジア全体で物品(財)・サービスの貿易や投資を促進し,東アジア全体の一層の経済発展に資するであろう。東アジア各国は,1980年代後半からの輸出と投資の急速な拡大の中で,急速に発展してきたのである。第2に通商ルール化に貢献する。各FTAのルールを一本化し,更に知的財産や電子商取引など新たな分野のルール化に貢献する。第3に東アジアの生産ネットワークあるいはサプライチェーンの整備を支援する。第4に域内の先進国と途上国間の経済格差の縮小に貢献する可能性がある。

 RCEPの実現は,日本経済と日本企業にとってもきわめて重要である。日本にとって,RCEP参加国との貿易は総貿易の約半分を占め,年々拡大中である。そしてASEANと日中韓やインドを含むRCEPは,日本企業の生産ネットワークにきわめて適合的である。RCEPによる貿易と投資の促進が,また貿易円滑化・知的財産権・電子商取引などの新たなルールが,日本企業の活動を大いに支援するであろう。

 そして,RCEP交渉妥結は,現在の保護主義に対抗する大きな意味を持つ。RCEPは世界の成長センターである東アジアのメガFTAであり,交渉妥結は,RCEPに入っていないアメリカに大きなインパクトを与えるであろう。現在,CPTPPと日本EU・EPAが発効されて実際に関税が下げられて来ており,3つ目のメガFTAの妥結は更に大きなインパクトを与えるであろう。

 交渉において,国によって政治的にセンシティブなところがある分野では,更にその隔たりを埋める議論が必要である。2018年にRCEPが実質合意出来なかった原因としては,インド要因も大きかった。インドは中国との貿易赤字を抱えており,総選挙を控えて更なる貿易自由化には懸念があった。しかしインドで総選挙が終わり,モディ政権が続くことになった。米中貿易摩擦を抱える中国もRCEPには前向きである。合意にはまだ多くの課題があるが,RCEP交渉が妥結に向かう事を期待したい。

 RCEP交渉においては,ASEANが重要である。そもそもRCEPを提案したのはASEANであり,中国が進める「一帯一路」などと異なり,ASEANが交渉を主導している。それゆえに,日本も中国もインドも進めやすい面がある。RCEPでは「ASEAN中心性」が規定され,参加16カ国のうち10カ国はASEANである。分野別交渉の作業部会ではASEAN各国が議長となっている。

 世界経済の厳しい通商状況において,3つのメガFTAを進める日本の役割は大きい。日本はASEANと協力してRCEP交渉を今年中の妥結に導くべきである。RCEPが交渉妥結し発効するなら,3つのメガFTAが相互に作用して,保護主義を逆転させる大きな力となるであろう。保護主義が更に拡大する中で,RCEP交渉の11月の妥結を期待したい。

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