世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1362

国家安全保障は万能薬?:アメリカの規制動向に関する雑感

渡邉泰秀

(モリソン・フォレスター法律事務所 弁護士(在NY))

2019.05.20

 自国の国益を守る手段のひとつにヒトの流入規制がある。トランプ大統領は,不法移民者に対しては国境に壁を建設し,非移民者に対してはビザの発給を規制する。現政権によるアメリカ国民の雇用創出政策は,ビザの発給政策にも影を落とし,企業内転勤用ビザであるLビザの発給・更新拒絶事例が増加し,役員クラスの派遣用のEビザの発給・更新拒絶事例も出てきている。日本企業に「ヒトの移動」よる対米投資にも支障が生じているのである。

 そのような状況のなか,筆者は,最近,雇用創出政策とは無関係と思われるビザの発給拒否事例に遭遇した。ある企業の従業員によるJビザ(アメリカとの文化・教育の交流交換プログラムに基づくトレーニング目的での渡米ビザであり,アメリカでの就労は予定されていない)の申請が拒否されたのであるが,この企業は過去にも同様のプログラムで従業員を派遣しており,今回の申請書類や研修プログラムの内容にも何らの問題は認められない。ただ,予定されていた研修プログラムはある分野の先端技術の研修を受けるもので,大使館の面接担当官の質疑応答もこの点に終始していた。個人的な想像のレベルを超えるものではないが(実務上,発給拒絶理由は開示されない),「国家安全保障」上の理由に基づく近時の「モノ(サービスや情報を含む。)の移動」に関する規制強化の流れと全く無関係であるとは思えない。

 「モノの移動」の規制については,CFIUS(対米外国投資委員会)による国家安全保障の観点からの対米投資の審査がある。昨年8月の関連法の大改正によりCFIUSの権限が大幅に拡大され,過去数年間にわたり活発化していた活動は,改正法公布後にいっそう加速している。なかでも「重要な技術」に影響を与える対米投資が規制対象に追加されて審査要件が厳格になったことに加え,その届出は強制的になり,届出を怠ると民事罰が課されることにもなった。同時に,重要な技術の輸出規制に関する法改正も連携して行われた。この規制は,中国その他の特定の懸念国に対する先端技術の流出への強い警戒感に端を発しており,同盟国に一定の配慮を示しているものの,日本企業も規制対象となる。また,中国に帰国して活躍する留学生や技術者(海亀)の問題に見られるようなヒトの移動に伴う技術流失にも警戒しており,4月半ばには中国関係者2名が中国政府にGE社のタービンの技術を違法に提供したとして起訴されたばかりである。アメリカの移民法に関わる官庁は国務省と国土安全保障省であるが,それらの長官はいずれもCFIUSの議決権を有するメンバーでもある。国家安全保障を理由としてヒトの流れが規制される場合があっても不思議な状況ではない。

 「国家安全保障」は法律上の定義がない曖昧な概念であり,CFIUSの審査はブラックボックスの中で行われ公表されないため,現政権の規制の動向を把握するためには報道内容などから規制理由を憶測するしかない。今年の3月末には,CFIUSが中国の大手ゲーム会社に対して,ゲイやバイセクシャルなどの人々をターゲットとしたオンラインによるデート用のプラットホームの運営を行っているアメリカの子会社の売却を勧告した。一見すると国家安全保障との関連性を見出しがたい事例であるが,アメリカ企業が利用者から収集した個人情報はアメリカ国民の行動傾向を示唆すること,利用者には軍隊や諜報機関に属する個人を含んでいるが,利用者間で交わされた会話や写真に含まれる極めて機微で個人的な情報が政府の機密情報を得るための脅迫手段として使用されるおそれがあること,2017年に中国で民間企業が政府の諜報活動に協力を求められる法律が制定されたことが相俟って国家安全保障上の懸念を生じさせたものと推測されている。また今年4月初旬には,CFIUSは別の中国企業に対して,同様の病気に関する情報をオンラインにより利用者間で共有させたり,利用者の同意を得て病気の情報を医療機関に販売する事業を行うアメリカ企業の過半数の持分を売却するように勧告した。この事例でも,機微な個人情報が国家安全保障を害する方法で悪用されることが懸念されたと推測されている。改正法が,国家安全保障を脅かすような方法で利用される可能性のある「米国民の機微な個人情報」を保持,若しくは収集する米国における事業への全ての投資を規制対象に加えた理由を理解できる好例である。

 このように,「国家安全保障」の概念は国家安全保障法(1947年)が想定していた防衛・外交政策から,2001年の9/11事件によるテロ対策,過去数年間の中国の経済的・軍事的優位性などの時代背景に伴い変容してきており,今後のアメリカによる各種規制の動向を注視していく上でのキーワードといえよう。

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