世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1355
世界経済評論IMPACT No.1355

日本人起業家の巨大インキューベーションセンター@セブ・フィリピン

佐脇英志

(公立大学法人都留文科大学 教授)

2019.05.13

 最近注目を集めているセブ島を中心とするフィリピン英語留学は,年間4万~5万人とも言われている。日本学生支援機構(JASSO)が把握している日本人の海外留学が10万強ということを考えると驚くべき人数である。

 フィリピンは,2014年,人口1億人を突破し,東南アジア諸国連合(ASEAN)では人口2億5千万人のインドネシアに次ぐ大国へと成長。かつ国民の平均年齢が24歳(2017年)で,日本47歳,タイ37歳,インドネシア30歳と比べても異常な若さである。人口ボーナスもアセアン最長で継続享受予定である。さらに,GDP成長率は2012年から6年連続6%以上を記録し,かつての「アジアの病人」の汚名は完全に返上された。

 フィリピンの第2の都市セブは,日本人起業家のインキューベーションセンターの様相を呈している。その状況を2回の現地インタビュー調査をもとに報告する。このセブにおいて,日本人の若者が集まり,英会話学校を中心に起業家,起業家予備軍が溢れている。最初は英会話目的で来た若者たちが,成功した起業家達に触発され,起業を模索している。英会話のブームに乗って自分流の工夫を凝らした英会話学校を立ち上げる者,英会話+α(IT学校,医療実習)を立ち上げる者,留学生のための食事,娯楽施設,留学生の今後のキャリア就職をサポートする会社,集まってきた日本人を当て込んでソフト開発センター,コールセンターを立ち上げるものと起業家集団のクラスターはどんどん広がっている。彼ら起業家,起業家予備軍が集うコワーキングスペースもその起業の対象である。

 フィリピンセブ島の韓国系の英会話スクールにヒントを得た藤岡頼光氏が2011年に設立したQQ English社は,英語教師1000人を抱え,世界27か国から生徒が集まる地域最大級の英会話スクールとなっている。1000人の教師が,年間5000人の語学留学生と1万人を超える世界中の生徒にオンライン(スカイプ)で授業を提供している。

 このQQ Englishから独立した横田猛夫氏は,Kredo社を立ち上げ,フィリピン名門サンカルロス大学工学部のITの教授たちとのコラボで,IT学校を経営。Kredo社はセブ島の日系で唯一「IT×英語」を提供する政府公認の学校である。IT留学事業・ウェブサイト開発・運用・アプリ開発,親子留学を展開し成長しているIT教育ベンチャー企業である。

 当時学生であった田中滋之氏は,このKredo社立ち上げに参画後,独自にWEB,アプリ受諾会社Ardor Dream社を設立・展開するも,現地従業員の離反によって事業継続を断念。自分の目指す事業(ブロックチェーン関係)の立上げを模索し再起業を計画中。

 同様に,英会話学校の生徒だった海仲由美氏は,自らの看護師の経験を活かし,医療英語をもっと気軽に学べる環境を作るべく,医療英語学校HLCA社を立ち上げた。セブ市内の病院実習,離島での現地人への健康教育,NGO法人と提携したメディカルボランティアなど本格的な実習を行っている。

 早川諒氏は,AHGS社を起こし,自らのBPO(業務外注事業)の経験を使い,英会話スクールに集まる学生を対象に巨大コールセンターを運営し,日本の大手電話会社等のバックオフィスを経営している。この稼ぎを授業料に充てることで有名な「ゼロ円留学」を実現している。

 鈴木光貴氏の経営するユナイテッド・リグロース社では,社会人を対象にしたMBAスクールを設立し,さらに現地の英語教師を日本に輸出し,日本で英会話学校5校を設立した。

 渥美修一郎氏は,韓国資本との提携で,2013年にセブ最大級の英語学校SMEAG社を立上げ,IELTS,TOEIC,TOEFL等の公認試験場を擁し3拠点に展開している。さらに,2016年RIZAPグループと合弁でRIZAP ENGLISHを立ち上げ国内英会話事業に参入。同年カナダのバンクーバー,2018年メルボルンに新たに語学学校を設立し,ポストセブの英会話教育事業を始めた。

 マザーズ上場の(株)レアジョブ(中村岳社長2007年設立)は,フィリピン人英会話講師約5,000名を採用し,ネットで日本とつなぎオンライン英会話教室を営んでいる。

 彼らは,コミュニティを形成し情報交換を行い,互いに教え・学びあい,さらに集まってくる起業予備軍の支援を行っている。セブ島では,毎月のようにスタートアップイベントや,TECHカンファレンスが開催され起業家達の情報交換と学習の場となっている。コミュニティ・コワーキングスペース「iioffice CEBU」では,Startup Weekend Tokyo Cebuが2017年と2018年に開催された。ここでは,10数人の成功した起業家達が小グループで起業志望者に対して自分の経験を語り,ディスカッション,メンタリングを行っている。起業志望者が集い,学び,起業家を育てるシステムがセブ島で生まれている。まさに町全体が巨大インキューベーションセンターとなっている。

 2016年には,集英社から実業家に転じた安藤美冬氏,2017年には,元ライブドアの堀江貴文氏がセブに招聘され,自身の苦労話を語った後に会場全体で双方向のディスカッションを行った。2018年には,WAOJE(世界日本人起業家協会,World Association of Overseas Japanese Entrepreneurs)のASEAN大会がセブで開催され,250人の日本人起業家が世界中から集まった。

 かつて日本でも,明治から終戦後の復興期までの日本経済創成期において,組織が組織を,事業が事業を,起業が起業を生み出す風土が有った。古河機械金属,古川電工が,富士電機を生み,富士電機から富士通が生まれ,さらにファナックを生み出した。最近聞かなくなったこのような『起業が起業を生む風土』がフィリピンセブの地で復活してきている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1355.html)

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