世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1343

何気ない寡占市場

鶴岡秀志

(信州大学カーボン科学研究所 特任教授)

2019.04.22

 IT技術進化でGAFAによる情報の寡占が懸念され,政府による独占禁止法,あるいは情報の集中を排除する法律や制度の整備が盛んに議論されるようになった。情報技術が商業的にも政治的にも重要な時代なので注目されるが,毎日の生活に欠かせない分野で寡占が当たり前の世界が存在することを知っている人は意外なほど少ない。イノベーションの結果としてそうなったので,今一度,生活必需品と情報の寡占を比較してみる専門家が現れても良さそうである。

 洗剤雑貨の市場は,プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)とユニリーバの2社が超巨大で,中規模でコルゲート・パルモリーブ,ヘンケル,ベンキーザー,その後ろに花王,それ以外は「その他」である。市場の大きさからみても,ビッグ・プレーヤーが極端に少ない市場である。日本とドイツの市場が世界とずれているので実感が湧かないかもしれない。ユニリーバは世界的な食品メーカーでもあり,アイスクリームはブランド別世界上位10位以内に6ブランド(つまり,世界の半分ぐらい)も入る。欧州ではホテル/キッチンの業務用材料供給でもトップシェアなので,欧州高級グルメ食べ歩きがほとんどユニリーバ供給品ということがありうる。このように,生活に密着した市場は大企業が牛耳る市場となっている。ドイツ以外の旧西ヨーロッパと米国では,この超巨大2社無しで生活するのはほぼ不可能である。この現実の市場寡占状態から見ると,GAFAに目くじらを立てるのは多分に税金逃れ対策と地政学的な理由があるのだろう。

 前回の拙著,「マクロとミクロ」は意外な反応を頂いた。マクロとミクロが組み合わされた巨大ビジネスとして,今回,P&Gとユニリーバを取り上げてみた。

 P&Gとユニリーバはどちらも油脂を根幹として産業革命と共に発展した。また,現代のマーケティングの基礎を生み出した。P&Gは水に浮く「アイボリー」石鹸を発明,米国市場でのし上がった。当時,バスタブのお湯で体を洗う米国では,水に浮かぶ石鹸というのは使いやすい(みつけやすい)という大きなメリットを提供し,技術的及びマーケティング的なイノベーションであった。ユニリーバは世界で初めて石鹸の大量生産方法を生み出し,安価で安定した品質の石鹸を市場に供給した。積極的に研究開発投資を行い,アルカリを用いるので金属の腐食に悩まされることから材料腐食の研究でも先進的であった。同時に,初めて戦略的にポスターを広告宣伝に活用した。洗剤・界面活性剤は現在も最先端の界面化学なので,積み重ねられた科学技術が先端バイオの技術発展に貢献している。

 両社はニッチとも言えるミクロな技術開発競争を繰り広げているのだが,それだけでは製品が売れないのでマクロなバリューチェーン開発やマーケティング技術の開発を行っている。一見製品とは関係のないような電気二重層の安定性(電池やバイオでは重要な科学)のような基礎研究から,心理学や文化の研究も行っている。発展途上国では石鹸を購入する経済力を持たない人々が多数いる。そこで,アルミナシリカを主成分,早い話が「土」と石鹸を混練した石鹸が販売されている(決して変なものではない)。この土石鹸の界面活性機能を改善するために,シリカのミクロ構造と界面活性発現のメカニズムを地道に追求する研究も長年行っていた。両社とも学会発表を積極的に行っていないが,この地味な「土」研究分野では有数の研究成果を保有している。マーケティングでは,グループ評価は声の大きい人に引きずられるし,日本人は個別インタビューで概ね「まあ良い」といった中庸の選択肢を選ぶのに対してラテン系の国では「とても良い・悪い」がはっきり出てくる。文化的背景によって同じ製品でも評価が異なる場合が多く,英国の基準でブラジルの市場調査を判断できない。また,人種により生物学的な反応性も異なるので生化学も重要な研究テーマである。有名な例では,英国生まれのシャンプーをスウエーデンで販売したら,ブロンドの髪の毛が緑に変色した事件が起こった。文化的な面白い例として,日本では昔から黄色の容器の洗剤・シャンプーは売れない。実際に資生堂が洗剤市場参入時に,黄色のボトルでさっぱり売れずに早々に撤退したことがあった。

 このように,多数のミクロな製品技術開発成果とマクロな市場調査を重ねて洗剤雑貨の二大巨頭は今日の礎を築き上げた。IT技術でも半導体とソフトの開発が積み上げられて今日に至っていることを忘れてはいけない。すなわち,ビジネスの構築は概ね温故知新である。ところが,多くのイノベーション議論はミクロとマクロの二項対立的議論をしているので,両者をつないでいく必要性や方法についての話が欠落している。どちらかとういうとミクロな理系とマクロな文系の融合も,必要性から議論を行うと具体的なアクションプランに到達するだろう。

 ここ数年,メディアや有識者のイノベーション論議は「新しい変化」を追い求めるあまり,技術とビジネスの歴史を無視しすぎている。たまにはスーパーやホームセンターで自ら買い物をしながら情報の寡占と日常生活の寡占を比べてみることも必要と思うが,いかがだろうか。雑貨と食品は日常過ぎて学者やキャリアが顧みることはないだろうが,ビジネスとして意外と奥が深い。

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