世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1313
世界経済評論IMPACT No.1313

北欧住宅市場の変調

川野祐司

(東洋大学経済学部 教授)

2019.03.18

2018年は住宅市場の転換点

 Nareitによると2018年のREIT指数はアメリカでマイナス3.9%,アジアでマイナス1.5%,ヨーロッパではマイナス12.1%と主要3地域すべてでマイナスを記録した。アメリカのREIT指数がマイナスになるのは2008年以来となる。アメリカのREIT指数は2007年にはマイナス14.9%を記録し,リーマンショックが発生した2008年にはマイナス40.8%に達した。景気の先行指標ともいえる住宅市場の変調には注視していかなければならない。

 景気の先行指標として長短金利スプレッドがある。アメリカでは10年国債利回りから3カ月物国債利回りを引いたスプレッドがマイナスになると,その後に景気後退期に陥っており,1990年,2001年,2008年の景気後退期の前にも長短金利スプレッドがマイナスになっている。直近では2014年をピークに低下傾向にある。2016年1月に2%,2018年1月に1%を割り込み,2019年2月には0.24%まで下がっており,マイナス圏が目前に迫っている。

 また,ジャンクボンド市場からも徐々に資金が流出しつつあり,低格付け企業の資金調達は難しくなりつつある。様々な指標から景気の転換点は着実に近づきつつあることが見て取れる。

北欧の住宅価格

 欧州統計局による住宅価格指数を見てみると,EU全体では2016年から2018年までプラス4%程度で安定している。しかし,国別に見ると2桁の上昇を続けている国もあるが,上昇幅が小さくなり始めている国も見られるようになってきた。

 スウェーデンは2018年第1四半期から住宅価格がマイナスに転じており,最新データの2018年第3四半期では前年同期比マイナス2.1%まで落ち込んでいる。デンマークとフィンランドはプラスを維持しているものの上昇幅は前年よりも小さくなっており,ノルウェーも2018年第1四半期には一時的にマイナスに陥った。住宅価格の下落は不良債権の増加につながりやすく,家計部門と銀行部門の脆弱性が増す。なお,イタリアでは2017年第1四半期からマイナスが続いている。

 スウェーデンでは2013年頃から住宅価格の上昇が加速し,ECB(欧州中央銀行)のマイナス金利政策のあおりを受けて自らもマイナス金利政策を採用したことも住宅価格上昇につながっている。銀行の競争が激しかったことから元本は返済せずに金利のみ返済するローンが増えた。2016年にはこのようなローンは禁止されたものの,住宅市場は2018年に入ってようやく沈静化の兆しが見えてきた。しかし,一転して価格下落による悪影響が心配されるようになってきている。

低金利政策の弊害

 住宅価格上昇の背景には2013年頃からの景気回復もあるものの,金融政策の影響が大きい。ヨーロッパではマイナス金利政策が定着し(ECB,デンマーク,スウェーデン,スイスなど),住宅ローンを組みやすくなっている。これがバブルを生み出し,特に各国の大都市圏では住宅バブルが軒並み発生した。大都市圏の市民の住宅購入が難しくなったことも,移民や難民への攻撃の要因の一つとなっている。

 リーマンショックによる金融市場の混乱を抑えるために始めた大規模金融緩和は,いつしか景気下支え策になり,為替の減価を促す政策となった。中央銀行は金融緩和が企業の設備投資を増やすと主張したが,実際には住宅バブルを生みだしただけだった。利鞘が薄くなった銀行は,よりリスクの高い証券を購入したり住宅ローンに傾斜したりし,銀行部門が抱えるリスクが大きくなりつつある。肝心の企業の設備投資はGDPに遅れて増加したが,企業経営者,特に上場企業の経営者は,資本の効率的な活用を求められており,実質金利がマイナスになったからといって直ちに設備投資を増やすわけではない。この点については,既存の金融理論やマクロ経済学が誤りを正す必要がある。

 過剰な金融緩和は,次の不況期へのマグマを溜め,ゾンビ企業を増やしただけだった。目先の経済指標に右往左往し,長期的な視点から国民生活を守るという使命は放棄されている。溜まったマグマの分だけ経済のバストも大きくなると予想されるが,中央銀行が負うべき責任は大きい。

 住宅価格の下落は,北欧のスウェーデンと南欧のイタリア(キプロスでもマイナスに転じている)から始まったが,それがどのように他の国に広がっていくのか今後は注目する必要があるだろう。北欧の銀行はカバードボンドで調達した資金を住宅ローンに利用している。債券市場の動向にも注意する必要があるだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1313.html)

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