世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1300

北朝鮮は第2のベトナムになりえるか

細川大輔

(大阪経済大学 特任教授)

2019.03.04

 第2回米朝首脳会議が2月27〜28日,ベトナムのハノイで開かれた。今回の開催地がベトナムに決まった背景には,ベトナムが米国,北朝鮮にとってともに友好国であることに加え,社会主義国が経済改革によっていかに発展出来るかを北に見せようとの米国の意図があった。また北朝鮮自身もベトナムを手本として経済発展したいと考えているとも伝えられている。では果たして,今後北朝鮮が政策転換すればベトナムのように経済発展することは可能なのだろうか?

 まずはベトナムの成功の要因を考えてみよう。第1に,ベトナム共産党・政府のプラグマティックと言っていい現実主義があるように思う。当時の北ベトナムが南のサイゴンを開放し,社会主義化を決定したのが1975年である。しかし急速な資本主義の廃止,計画経済導入の失敗から,党・政府はわずか10年後にドイモイと呼ばれる改革開放政策に転じた。また95年にはかつて敵対的であったASEANに加盟している。このようにベトナムの政治には儒教的な教条主義は認められない。革命の父ホーチミンは共産主義者ではなく,民族主義者,愛国者,プラグマチストだったという意見も国内にはある。さらに,ベトナムには独裁者を好まず権力分散とコンセンサス重視の指向が強い。

 第2に,これまで社会主義国では重大な路線変更の際,往々にして権力闘争に発展し政治の不安定化を招いた。しかしベトナムの場合,ドイモイ以前と以後で党の首脳部の権力構造に大きな変化はなく,改革は平和裏に継続した。これはドイモイが突然の変革ではなく,徐々に準備されてきた結果であることを示している。つまり,社会主義計画経済の非効率性,またこの制度では国民の窮乏を解決できないとの認識が根底にあったためと考えられる。

 第3は,改革開放に踏み切ったタイミングが良かった。1985年のプラザ合意により急速なドル安(日本にとっての円高)に苦しめられた日本や台湾,韓国の企業は,安価な労働力を求めて東南アジアに急速に進出していき,90年代からアジア大の生産ネットワークを形成した。タイやマレーシアなど先進ASEAN諸国に比べるとベトナムの参入は遅れたものの,現在では日本企業,特に中小企業にとって人気ナンバーワンの投資対象国であり,実際に日本がベトナムにとって最大の投資国となっている。

 翻って現在の北朝鮮をみると,主体(チュチェ)思想を堅持し,独裁的権力の金王朝が継続している。この教条主義と独裁体制を維持しながら,改革開放をどこまで進められるのか不明である。また,外資を導入する過程で海外の情報が大量に流れ込んでくることは避けられない。金独裁体制は現在の情報統制との矛盾をどう解決するのか。さらには,90年代後半,日本と北朝鮮との関係改善の機運が高まり,ODAや投資先として北朝鮮が注目を集めた時期もあったが,拉致問題をはじめ韓国も含めた現在の朝鮮半島と日本との冷え切った関係を考えれば,日本企業の大規模な進出は考えにくい。

 とはいえ,韓国としては北の同胞との待望の統一であり,国を挙げて北への投資に注力するであろう。また,中国も戦略的な見地から北の経済発展には尽力するはずである。北朝鮮の対応次第では大化けする可能性を否定はできない。いずれにせよ,北朝鮮が第2のベトナムになりうるには,疲弊した国土の再建,産業インフラの建設,さらには市場経済に向けた経済社会制度の整備などに相当の時間を要することは間違いない。

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