世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1238
世界経済評論IMPACT No.1238

大きな意義を持つCPTPPの発効

石川幸一

(亜細亜大学 教授)

2018.12.31

 2018年12月30日にCPTPP(包括的および先進的な環太平洋パートナーシップ協定:TPP11)は発効した。2017年1月に米国がTPPを離脱,「消滅」の危機もあったTPPが米国を除く11カ国の強い意志と協力でCPTPPとして発効することは大きな意義を持つ。トランプ政権成立前にはTPPに加え,米国とEUによりTTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)がグローバルな課題に取り組むFTAとして交渉されていたが,TTIPは交渉中断が続いている。

 CPTPPは全7条の短い協定だが,第1条にTPPを組み込んでいるおり,知財権関連を中心とした凍結22項目を除く全31章のTPPはCPTPPの発効とともに施行されることになる(注1)。TPPの極めて自由化率が高く新たルールを持つ「21世紀のFTA」としての意義はCPTPPでも変わらない。日本ではTPPを巡っては,農産品の自由化,健康保険制度,食の安全などに焦点があてられ,内向きの議論が圧倒的に多かったが,TPPの意義はグローバル化の進展に対応した新しいルールを決めたことにある。新たなルールというと,電子商取引や国有企業の規律,労働がすぐに思い浮かぶが,TPPには細かなルールを含めるとグローバル時代に相応しい多様なルールが盛り込まれている。

 企業の国際ビジネスに役立つルールは非常に多いため,一部の例のみをあげると,貿易の円滑化の迅速通関(48時間以内引取り),急送貨物(6時間以内引取り),事前教示制度などは通関のスピードアップに貢献するし,原産地規則における完全累積制度はサプライチェーン構築に役立ちTPPの使いやすさを向上させる。規格の導入に際し他国の利害関係者の参加と意見提出の機会を与えることは非関税障壁の削減に役立つ。

 次にTPPにより各国が「聖域」と呼ばれるような極めて重要な分野で改革に踏み切ったことが重要である。たとえば,マレーシアはマレー人優遇政策を「国是」としてきたが,政府調達開放と国有企業の規律により例外は残しながらも原則として外国企業への対等な扱いを認めた。ベトナムもTPPにより初めて政府調達と国有企業への規律を認めた。

CPTPP参加国の拡大が次の課題

 TPPは,オバマ前大統領が「中国のような国にルールを書かせない」繰り返し発言したように中国けん制を意識したルールを含んでいることが重要である。中国けん制というTPPに盛り込まれた意図はCPTPPに引き継がれている。

 米中貿易戦争は,対中貿易赤字の削減から安全保障,経済覇権の基盤を支える先端技術覇権争いに焦点が移り,ペンス副大統領のハドソン研究所での演説(10月4日)は中国による米国の先端技術分野の知的財産の侵害,強制的な技術移転を厳しく批判している。ペンス演説の認識のベースには,ハドソン研究所のマイケル・ピルズベリー中国戦略研究所長の中国に対する見方がある。同所長は,近著で「中国は技術を盗み,市場の独占を後押しし,国有企業を国際競争から不当に守っている」と喝破している(注2)。

 技術の強制移転防止については,TPPの投資章(第9章)で,「特定の技術,製造工程その他の財産的価値を有する知識を自国の領域内の者に移転すること」を含め,技術移転の強制を明示的に禁止している。国有企業については,国有企業および指定独占企業章(第17章)で,「国有企業が商業的考慮に従い行動すること,国有企業への非商業的援助により他の締約国の利益に悪影響を及ぼしてはならない」ことなど政府の国有企業への優遇を規制することを規定している。ほかにも,中国を念頭に導入されたと考えられる規定は電子商取引に関する規定(①電子的手段による国境を越える情報の移転,②自国の領域内でビジネスを遂行するための条件としてコンピューター関連設備を自国領域内に設置することを要求することの禁止,③ソースコードの移転,アクセス要求の禁止など)をはじめ,輸出税の新設・維持の禁止,地方政府の措置に対する国家メカニズムの導入,地理的表示の保護など非常に多い(注3)。

 TPPには中国は参加しておらず中国はTPPの規定を遵守する必要はない。しかし,TPPへのアジア太平洋地域の参加国が拡大すればTPPの先進的なルールがアジアの基準的なルールとして受け入れられ,将来的にはWTOのルールとなる可能性もあった。その意味でも米国のTPP離脱は「最大の戦略的な誤り」である。

 FTAは貿易を拡大することにより締結国の経済成長に貢献するが,追加関税は貿易を減少させ当事国の経済成長にマイナスの影響を与え,消費者や企業にダメージを及ぼす。代替輸出や投資の増加などの一時的な利益を期待できる可能性はあるが,世界の1位,2位を占める大国の経済成長率低下は世界経済の成長率を低下させることは確実であり,米国による愚行を止めさせることを考えるべきである。

 その一つの方策が,米国企業に不利益をもたらす米国が参加しない多国間のFTA締結による米国包囲網の構築である。CPTPPは参加国の拡大を積極的にすすめるべきである。

 タイ,コロンビア,英国,インドネシア,フィリピン,韓国,台湾などCPTPPに関心を表明している国は多い。つぎにCPTPPの発効を梃子に2018年11月に実質合意に至らなかったRCEPの締結を目指すべきである。米国包囲FTA網の実現には,EUとアジア及び米州とのFTAも重要だ。日EUのEPAは2019年2月に発効する予定であり,EUとASEAN各国のFTAも交渉が進んでおり,メルコスールとは交渉が加速している。日本もアジア・オセアニアとのFTAに加え,メルコスールや太平洋同盟など中南米とのFTAを戦略的に推進すべきである。

[注]
  • (1)CPTPPについては,石川幸一(2018)「東アジアの経済統合:展開と課題」アジア政経学会『アジア研究』第64巻4号。(https://www.jstage.jst.go.jp/article/asianstudies/64/4/64_62/_article/-char/ja)
  • (2)マイケル・ピルズベリー,野方香方子訳(2015)『China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略』日経BP社,288ページ。
  • (3)鈴木英夫(2016)『新覇権国家中国×TPP日米同盟』朝日新聞出版,61−75ページ,203-204ページが詳しい。
[参考文献]
  • 清水一史編(2018)「特集:東アジアの経済統合と発展-AEC,RCEP,TPPと一帯一路」アジア政経学会『アジア研究』第64巻第4号。(https://www.jstage.jst.go.jp/browse/asianstudies/list/-char/ja)
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1238.html)

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