世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1189

スルガ銀行は駿河銀行に回帰できるのか

伊鹿倉正司

(東北学院大学 教授)

2018.10.22

 10月5日,金融庁はスルガ銀行に対し,投資用不動産向けの新規融資を6か月停止させる行政処分(業務停止命令)を下した。金融庁が発足した2000年7月以降,銀行に対する業務停止命令としては今回が26件目であるが,その処分内容は,米国のシティバンク日本法人に対する1年間の全業務停止命令に次ぐ厳しいものであった。インターネット上では,銀行免許の取り消しを望む意見も数多く見受けられたが,停止期間の適切性に議論の余地はあるものの,主に問題融資の停止に絞った金融庁の処分は概ね妥当といえよう。

 行政処分に先立つこと9月7日には,スルガ銀行が設置した第三者委員会による調査報告書が公表され,スルガ銀行の多くの行員が不適切な融資に関与した事実が明らかにされた。報告書は,極端なコンプライアンス(法令順守)意識の欠如,統制環境(企業風土)の著しい劣化,経営陣の統治不全など,スルガ銀行の組織のあり方に大きな問題があったと結論づけているが,果たして問題の本質はそこにあるのだろうか。筆者は,伝統的な銀行業と馴染まないリテール(個人向け)金融に過度の傾斜をしたことに,今回の問題の本質があると考えている。なお,行政処分の理由には,ファミリー企業に対する不適切な融資や反社会的勢力との取引などが含まれているが,今回の問題とは性質が異なる問題であるため,本稿では触れない。

リテール金融への傾斜

 スルガ銀行の特異性としてよく指摘されるのが,融資残高に占める個人向け融資の割合の高さである。2018年3月末のデータによれば,スルガ銀行の個人向け融資の割合は90%を超え,地方銀行の平均値(約33%)を大きく上回っている。スルガ銀行の個人向け融資のうち7割近くを占めるのが投資用不動産向け融資であり,これが同行の突出した収益力の源泉となっていた。

 近年では,地方銀行の「リテール金融の雄」として世間に広く知られるスルガ銀行であるが,今から四半世紀前の同行は典型的な地方銀行であった。1993年3月末のデータによれば,スルガ銀行の個人向け融資の割合は約20%程度と,当時の地方銀行の平均値(約13%)と比較してさほど高いものではなかった。一方で,中小企業向け融資は80%近くに達し(地方銀行の平均値は約73%),現在の数%程度と比較すると隔世の感がある。

 スルガ銀行がリテール金融への傾斜を強めていったのは1990年代に入ってからであり,先日,同行の会長職を退任した創業家出身の岡野光喜氏(当時頭取)の強力なイニシアチブがあったことはよく知られている。ちなみに,行名のカタカナ表記は1990年4月からであり,それまでは「駿河銀行」という漢字表記であった。表記変更の理由としては,「するが」と読めない人や漢字が書けない人が多かったためとされているが,個人専業銀行への大胆な転換を打ち出した同行の決意表明であったとも理解できよう。

 その後,スルガ銀行は住宅ローンを急拡大させるとともに,女性向けローンや外国人向けローンなど,他行が手掛けないような新型ローンを次々と打ち出していくが,その背景には女性行員と情報通信技術の積極的活用があった。

銀行にとってのパンドラの箱

 スルガ銀行に限らずリテール金融への傾斜は,1990年代以降,世界の銀行業の大きな潮流となっている。リテール金融の積極的展開は,銀行経営にとっては収益の安定性という点で魅力的な戦略といえるが,銀行の金融仲介機能を阻害する危険性を孕んでいることを見落としてはならない。

 金融取引においては,それを妨げる要因との1つとして,貸し手と借り手が有する情報(返済能力や返済意思,返済の努力水準など)が異なる「情報の非対称性」がある。この情報の非対称性を克服するために,銀行は融資審査や融資後のモニタリングといった情報生産活動を行うが,個人向け融資においては企業向け融資のような職人的な審査能力・体制が求められるわけではなく,借り手の所得額や保有する担保価値,信用情報などを基に機械的に審査される場合が多い。スルガ銀行では,営業担当者主導による融資関連書類の改ざん,業者への審査条件の漏えい,審査活動への不当介入など,通常考えられないような行為が横行していたとされるが,この背景には,リテール金融に過度に傾斜したことによる情報生産機能の低下,それに伴う審査部門の形骸化,営業部門による審査部門の軽視などが考えられる。

 また,金融取引のもう1つの阻害要因としては,将来起こりうる全ての事象に対する対応を金融契約に盛り込めない,また,借り手によって金融契約が破られた場合に,裁判所などの第三者機関がその事実を認定できないために契約の履行を強制できないといった「契約の不完備性」がある。

 この契約の不完備性の克服方法の1つには,貸し手である銀行に独占に基づく私的な強制力を付与することで,法的な強制力に代わる役割を担わせることが挙げられる。具体的には,借り手の虚偽や不正行為に対して,銀行は融資条件の見直しや融資の返済を求めることで,借り手に誠実な契約の履行を促すものである。

 このような私的な強制力の存在は,場合によっては銀行が借り手にとって不利な取引を迫る温床となりうるが,一般的には銀行と借り手との長期的かつ多面的な取引関係が,行き過ぎた強制力の行使を抑制する役割を果たす。しかしながら,個人向け融資においては,企業向け融資と比べて借り手との取引関係が希薄となる傾向にある。スルガ銀行においても,借り手に対する過剰な融資や割高な金利設定,借り手の事情を勘案しない無担保ローンや定期預金,保険などの抱合せ販売などの不正行為が散見されたが,その背景には,私的な強制力の悪用があったと考えられる。

スルガ銀行は駿河銀行に回帰できるのか

 スルガ銀行のリテール金融に特化した現在のビジネスモデルは,米国の大手銀行ウェルズ・ファーゴを手本に構築されたが,ウェルズ・ファーゴもまた,不正営業問題で現在苦境に立たされている。その内容は,当初,顧客に無断で預金やクレジットカードの口座を開設したというものであったが,最近では顧客が自動車ローンを組む際,保険に二重に加入させていたり,住宅ローン関連手数料を不正に徴収したりするなど,前述の私的な強制力を悪用した問題が次々に明らかになっている。

 リテール金融商品の多くは,他行との差別化が図りにくい定型商品であり,その販売方法は「売りっぱなし」になりやすい。そのような状況では,営業担当者に販売ノルマを課す,販売金額に応じた給与を支払う(出来高給)といった制度を導入することで,売り上げを増やしていくというのが合理的な経営判断となる。スルガ銀行においても,営業現場の実態を勘案しない苛烈な営業ノルマが課されたり,行き過ぎた出来高給が導入されたりするなど,リテール金融の負の特性が如実に表れていた。

 スルガ銀行は金融庁からの行政処分を受けて,経営陣の刷新や機構改革,営業担当者に対するコンプライアンス研修などを実施しているが,一方で,これまでのビジネスモデルを見直す考えはないようである。しかしながら,リテール金融に特化したビジネスモデルを続けている限り,いずれ今回と同様の問題が起こる可能性は高いといえよう。人口減少や銀行間の競争激化,超低金利の長期化などにより,企業向け金融を取り巻く環境は厳冬のごとく厳しい状況にあるが,スルガ銀行には今いちど原点(駿河銀行)に立ち返り,これまでリテール金融で起こしてきた革新を,企業向け金融においても是非起こしてもらいたい(良い意味での革新に限るが)。この30年で,企業に対する目利きの力や取引関係はほとんど失ったかもしれないが,創業以来の「進取の気性」は失っていないであろう。

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