世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1111

なぜ深圳でイノベーションが起きているのか?

岡本信広

(大東文化大学 教授)

2018.07.16

 中国の新四大発明といえば,高速鉄道,モバイル決済,シェア自転車,ネットショッピングである。高速鉄道を除けば,すべてIT技術に関連するものだ。

 ここ数年,深圳のIT技術やメイカーズ(ITと製造業の融合)の発展が目覚ましい。詳細はネット等で見てもらうとして,なぜ深圳でこんなにもイノベーションが起きているのだろうか。

 イノベーションの源泉はアイデアの「交換」である(リドレー,2010)。アイデアは突然個人の中で生まれるわけではない。愛好家たちが情報を交換し,議論をし,思索し,試すことによって新しいアイデアの種がまかれ,成長し,何かをきっかけに生まれる。つまりアイデアを交換することこそが新しいアイデア,イノベーションを可能にする。

 このアイデアの交換を推し進める前提条件として筆者は3つあると考えている。

 一つ目が,交換を行う場所,つまり都市であることだ。深圳が大都市(人口1400万人)であることは否定できない事実だろう。都市は多くの人をひきつけるアメニティ(おしゃれな住居,お店,娯楽など)がそろっている。深圳は香港の隣にあり,急速に発展し,今では香港の人をもひきつけている。

 二つ目は,多様性である。経済学では比較優位という言葉で示されることも多いが,人より違う部分において得意なことがあれば,それに特化して分業していく方が経済効率が上がるという考えである。家を建てる時に,1人の人がすべての作業をやるよりも,左官屋,とび職人,大工さんなど様々な職種の人が集まって,仕事を分担する方が効率がよい。これは自分の時間を自分の得意なことに生かし,苦手なことをやる時間をそれが得意な人に売っている,すなわち時間を交換した結果なのである。

 多様性は,交換を生み出す。人の能力や得手不得手に違いがあるからこそ,それらを交換することによって効率を上昇させ,経済を活性化させる。

 新しいブームや流行を生み出すのは,ロンドン,パリ,ニューヨークだったりするわけだが,共通なことは移民がたくさん住み多様な街を形成しているということである。国籍も宗教も信条も違う人たちが集まって,都市という場所で情報を交換しているのである。

 深圳は香港の隣に位置し,改革開放初期は香港の影響(投資や人の往来)を強く受けてきた。香港がイギリスの植民地であり,多くの外国人が済み,資本主義的な考えを持った人たちが,深圳の人々と情報を交換する機会を提供したのである。それだけでなく深圳は中国大陸各地からも多くの人が集まって都市を形成した。深圳が香港や広州で使われる広東語ではなく中国標準語(普通語)が普及しているのもそれを間接的に示している。この意味で深圳は中国の中でも多様性が確保された地域であったといえるだろう。

 三つ目は,言論の自由だ。自由に意見が言えるということはどのようなアイデアでも気兼ねなく言える雰囲気があることが必要だ。自由な意見表明ができなければ,アイデアの交換は発生しない。

 中国は一党独裁の国であり,習近平政権の強いリーダーシップのもと全体的に意見は抑圧されているようにみえる。このような強権的な政治制度のもとで言論の自由がないのは明白な事実であろう。

 ところが,「ある種」の言論の自由が生み出されているのが深圳である。この謎を解くカギとして梶谷(2018)の議論,「自生的秩序2.0」が参考になる。彼によると,中国では権威主義的な政治制度のもとにありながら,民間企業などがなし崩し的にその制度の裏をかく,あるいは規制を無視して,めまぐるしい市場の変化に対応する「自生的秩序(ハイエク)」を形成してきたと指摘している。簡単に言えば,政府が統制しても民間は聞いたふりをしながら別のことをやってきたということだ。

 深圳は経済特区として先行先試という政策が認められてきた地域である。これは中国の制度として制度の枠を超える政策を実施してもよいというものだ。実際には企業等が政府の許認可なしにアイデアを試して,経済発展に貢献したものはのちに地方政府が制度化していくものである。つまり深圳では歴史的に言論統制の裏をかきつつ自由にアイデアが交換できていると考えられよう。

 以上,簡単に深圳でイノベーションがおきる理由を検討してみた。今後,このイノベーションが続くかどうか,都市,多様性,言論の自由を基準にウォッチしていくと面白いと思っている。

[参考文献]
  • マット・リドレー(2010)『繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史』早川書房
  • 梶谷懐(2018)「中国経済の制度的背景」加茂具樹・林載桓『現代中国の政治制度-時間の政治と共産党支配』慶應義塾大学出版会

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