世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1029
世界経済評論IMPACT No.1029

「一帯一路」戦略による中国の東ヨーロッパ進出:「16+1」

田中素香

(東北大学 名誉教授)

2018.03.12

 リーマン危機において米欧資本主義は限界を露呈し,中国は自らの体制に自信を深めた。2000年代前半くらいまでOECDや世界銀行の指導を受けて近代化をはかってきたが,方針を転換し,独自の体制発展と世界政策を開始した。中国政府が2013年に打ち出した「一帯一路」イニシアティブはまさにそれを象徴する。

 「一帯一路」は,中国と西欧を東西の基軸とし,中間地帯の多くの新興国・発展途上国のインフラを整備し,通商の新しい道を切り開き,発展途上国を支援するプロジェクトだと中国政府はいう。

 「一帯」の鉄道路線は中国の諸都市をスタートしてウルムチからカザフスタンのホルゴスに向かい,そこで列車のコンテナ貨物を積み替え(鉄道の広軌の幅が違うので),カザフ最大の都市アルマトイを経由してモスクワへ,さらにベラルーシの首都ミンスク,ポーランドの首都ワルシャワを経てハンブルクなどヨーロッパの多くの都市と結ぶ。この路線の貨物列車は2017年1〜11月に約3000本,16年通年の2倍に増便された。

 「一帯一路」の一環に「16+1」がある。中国が東欧16カ国をグループとして2012年に組織した。1は中国を指す。16カ国はいずれも旧共産圏の国である。11カ国はEU加盟国で合計の人口は1億400万人,残りの5カ国はセルビアなど旧ユーゴスラビアの共和国(4カ国)とアルバニアで,人口は1650万人。16カ国の所得水準(国民一人当たりGDP)はEU先進国の半分から10%程度と低く,中国は新興国同士の「南々協力」と位置づけている。

 毎年秋に首脳会議を開催し,李克強首相と16カ国首脳が一同に会する。すでに6回開催され,昨年11月はブダペスト,第7回目が今秋ブルガリアの首都ソフィアで開催される。首脳会議のほかに主として政府間で多様なプログラムが実施されている。

 16カ国のうち,中欧4カ国など北部諸国は現在までのところ,「一帯」の鉄道路線に主として関わっている。たとえば,ポーランドの首都ワルシャワの郊外には「中国商城」と呼ばれる問屋街がつくられ,鉄道コンテナで中国品が搬入される。圧倒的な安値に引かれて,近隣諸国だけでなく2000キロも離れたブルガリアからも大量買い付けのトラックが入る。販売額は急上昇し,拡張を続ける。反対にヨーロッパ品を中国が爆買いする。

 バルカン半島の交通インフラ開発の計画ルートは「バルカン・シルクロード」と呼ばれ,中国が高速道路や鉄道,発電所などのインフラ投資を行う。中国開発銀行,中国輸出入銀行,中国銀行などの金融機関が融資に入り,ルクセンブルクに投資ファンドが開設され,中国の国有企業がインフラ建設を担う。過剰生産となっている中国の鉄鋼やセメントを使用し,過剰能力を抱えるインフラ建設企業が稼働する。中国の過剰を海外で有効活用する。国内の経済問題の解決に「一帯一路」を利用しているのは明らかだ。

 ギリシャは東欧16に含まれないが,アテネ近郊のピレウス港は中国海洋集団(COSCO)が運営権を握り,地中海における中国コンテナ貨物の拠点港となった。「バルカン・シルクロード」はそのピレウス港を起点に,マケドニアの首都スコーピエ,セルビアの首都ベオグラードを経て,ハンガリーのブダペストに至る。この南北の基幹交通路に東西に走る高速道路をつなぎ,アドリア海の海港との接続も計画されている。中国と16カ国の貿易は急激に増え,中国の貿易黒字が圧倒的に拡大している。

 ブリュッセル(EU)の一部では,「16+1」は中国のEU分断策ではないかと不安が高まっている。確かに,「16+1」にもっとも熱心なハンガリーとポーランドの両政府には「反EU」の行動が目立つ。中国の南シナ海の岩礁埋め立てを国際法違反とした国際仲裁裁判所の判決を受けて欧州委員会が中国を名指しで批判した提案を行うと,ギリシャとハンガリーが反対して事実上無効化させてしまった。

 EU政策が中国に不利な動きを見せれば,中国が「16+1」の利用を躊躇することはないかもしれない。だが,「16+1」をそのような観点からだけ見るのは間違っている。第1に,EUの通商はすでに中国に深く依存しており(輸入では中国が断然第1位,輸出でも第2位),「16+1」を使わなくても,目的を達する方法はいくつもある。昨年欧州委員会が外国(事実上中国)企業のM&Aにスクリーニング(審査)をかけると提案したが,ギリシャ,ポルトガル,スペインなどユーロ危機の際に中国に国有財産売却で世話になった国がいっせいに反対したのはその一例だ。

 第2に,2050年を展望すると,アメリカをにらんで,EUとは協力関係を強め,ロシアとも協力して主要ライバルのアメリカに当たる,というのが中国の基本戦略であろう。トランプ大統領の出現によって,そうした路線は強まる。中国とEUの協調を強める政策という面が「一帯一路」にはある。

 第3にEUはリーマン危機・ユーロ危機によって西バルカン支援を事実上放棄した。わずかに行う支援においても,貧困国ではそもそも無理と思える民主主義化要求を繰り返し,他にも先進国本位のEUルールを強制する。中国はその隙間を巧みに捉えた。現地国の要求を受け入れる中国の「一帯一路」型支援を現地の専門家は高く評価している。

 この情勢を受けて,欧州委員会は本年2月,セルビアとモンテネグロを2025年までにEUに加盟させる新方針を提案した。EU関係者も,「広域ヨーロッパ経済領域(Wider European Economic Area: WEEA)」の構築を提案している。「16+1」を受けたEUの新しい対応と見ることができる。

*「16+1」の詳細は,次をご覧下さい。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1029.html)

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